13 友

「え?」


 新月の闇と洞窟の闇の間でランプの灯りがゆらゆら揺れる。


 トーヤはその灯りに揺れるダルの顔をじっと見た。

 ダルの顔も灯りと同じようにゆらゆらと揺れている。


 その表情はいつものように人がよさそうな笑みを浮かべているが、灯りが影になった部分にゆらゆらと、悲しみのような、何かを悟ったような表情が浮かんでは消えているようにトーヤには見えた。


「トーヤさ、俺には隠さなくていいよ。この国を出る道を探してんだろ?」

「え?」


 トーヤは驚いた。

 まさか、ダルからそんな言葉を聞くことになるとは思わなかった。


「おまえ、何言ってんだよ、俺はちょっと興味があっただけ」

「分かるよ」


 トーヤが笑いながらごまかそうとしたが、ダルはきっぱりとそう言い切る。


「俺、トーヤとそう長い付き合いじゃねえけどさ、トーヤのどんなやつか分かってきてるんだよ。トーヤさ、俺のこと、利用するつもりで近づいた、違うか?」

「おまえ、何を……」


 ダルは自嘲じちょうするように薄く笑った。


「隠さなくていいって」

「…………」


 波の音だけが響く。


「トーヤはさ、いいやつだよ。最初にどういう気持で俺に近づいたかとか関係なく、俺はもうトーヤが好きんなってるんだよ、友達だと思ってんだよ」

「…………」


 月のない夜でよかったとトーヤは思った。

 もしも満月の明るさに照らされたら、決して誰にも見せたくない、泣きそうに歪んだ顔を見られてしまったかも知れない。


「いいよ、行けよ」

「……行けねえよ」

「なんでだよ?」


 ダルが近づいてくる。


「こっち来んなよ……」


 トーヤはそれ以上は下がれず、洞窟の壁に背中を押し付けながらやっとのことでそう言った。


「いいから行けよ、この国から逃げてえんだろ? 俺、誰にも言わないしさ」


 一呼吸置いてトーヤが答える。


「行かねえよ……」

「なんでだよ」


 トーヤははあっと息を吐きながら、ずるずると洞窟の壁に持たれたままずり落ちて座り込んだ。


「おまえ、いつからそんなこと考えてたんだよ……」

 

 がっくりと頭を落として小さく聞く。


「さっきかな」

「さっき?」

「うん」

「なんだそりゃ……」


 ダルが少し考えるようにする。


「さっきさ、水汲んで帰ってきただろ、フェイちゃんと一緒に。あの時になんてえのかなあ、なんか、そういう雰囲気があったんだよな」

「そういう雰囲気?」

「うん、トーヤとミーヤさんの間に何か約束みたいなことがあった雰囲気、かな」

「…………」


 トーヤは答えない。


「多分だけど、フェイちゃんもなんか感じてたと思うぞ、そんな顔してた」

「はっ……」


 トーヤは笑うように、泣くように、ため息とも聞こえる言葉を吐いた。


「寝ながらさ、あれはなんだろうって考えてたんだよ。すごく大事なことみたいに見えたしな。そしたら洞窟を見たいって言い出したから、なんか、つながった気がした」

「何と何がだよ」

「お別れの準備、みたいにかなあ」

「なんだよそりゃ……」

「水欲しいとか言ったのって、あれ、二人だけになりたかったのかなって。そんで、そうまでして話したいことってなんだろう、何かきちんと話したかったのかなって」

「そんで?」

「トーヤさあ、結構ちゃらんぽらんみたいな感じだろ?」


 ダルが笑いながら首を振り振りそう言う。


「なんだよそれ……」

「だけどさ、それって見た目だけで、おまえ、自分で思ってる以上にちゃんとしてるんだよ」

「ん、だよそれ……」


 ダルがまた明るく笑った。


「最初は利用しようとしてたとしても、俺のこともちゃんと大事に思ってくれてること、それも分かってる」

「勝手に分かるんじゃねえよ、そんなこと……」

「分かるって」

「分かってねえって!」


 トーヤが声を張り上げた。

 洞窟の中に声が響く。


「おまえな、分かってるのか? 俺はお前を利用しようとしたんだぞ? そんでぽいっと使い捨てるつもりだったんだぞ!」

「けど、実際にはやってねえじゃん」

「これからやるかも知れねえだろうが!」

「やるならやっていいぜ?」


 またトーヤが言葉をなくす。


「うん、その方がいいかも、ちょっと俺のこと殴るかなんかしてさ。あ! 死ぬほどはだめだぜ? ちょっと気を失うぐらいにしていっちまえばさ、俺もだまされたとか言えるしな」

「軽く言うな、そんなこと!」

「できないだろ?」


 ダルが自信たっぷりに笑う。


「な、そういうやつなんだよ、トーヤは」


 ダルの笑顔がトーヤには痛かった。


「本当に悪いやつならさ、ミーヤさんに別れになるかもって話する必要もないし、俺のことだってここに着いたらすぐ殴るとか殺すとかしてさ、さっさと船に乗ればいいじゃん」

「様子見てただけかもしんねえぞ?」

「それでもこれって千載一遇せんざいいちぐう好機こうきじゃねえか、見てみろよ今日の空」


 ダルが新月の空を指差す。


「月だって見てねえんだぜ? そんで町の灯りは見える、ほら、すぐそこだ」


 ダルの指がトーヤを誘うように遠い町の灯りを指差した。


「な? とっとと逃げ出すにはうってつけだ。なんでやらなかったんだ? さっき、俺が外のぞいた時に、海に突き飛ばしたって構わなかったじゃないか。でもトーヤはやらなかった。そういうことやれるやつじゃないんだよ、それ知ってるから、俺にはトーヤは大事な友達なんだよ」


 もうトーヤには返す言葉が思いつかなかった。

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