第二章 第一節 再びカースへ

 1 ダルとの再会

 ダルが帰った後、トーヤは何日かをリュセルスを見て回ることについやした。


 あの日、あの時にトーヤの中に飛び込んできた緑色の瞳、それがトーヤにあせりを生んだのだ。


(とにかく一刻も早くこの国を出る算段をしねえとな、ちょっとばかり長居しすぎたかも知れん)


 あんな得体えたいの知れないものに自分の運命を握られているのかも知れないと思うと、なんとも言えない気持ちになった。


(何をやらせようと思ってるのか知らねえが、そんなことどうでもいい、とっととここをおん出てやる。助けられた? そんなんそっちが勝手に助けたんじゃねえか、俺が知るかよ)


「借りを作ったままは好きじゃない」


 そうミーヤには言った。

 言ったが、それは通常の場合の話だ。

 こんな状況は普通じゃない、だったらそんなもんぶっちしても構わねえだろう、そんな気持ちだった。


 ミーヤを傷つけないと約束はした、誓った。そしてミーヤも自分を守ると言ってくれた。そのことは心の重しになった。だが、だからといって、今のままのんべんだらりとお客様していて気づけば地獄行きではたまらない。

 それにミーヤは必要があれば逃げる手助けをしてくれるとも言った。では、いっそミーヤを連れていけないかとの考えも頭もよぎったが、それは不可能だろう。あまりにも生きる場所が違い過ぎる。


(それに、それに、場合によっちゃあ、あいつらの話に納得したら、残るってことも可能じゃねえか。どっちに転んでもいいようにとりあえず逃げる準備だけは進めてやる)


 そんな風に自分に言い訳しながら、王都やその周辺を知ることに時間を費やした。

 少しでも情報が欲しかった。できればそれこそ「助け手たすけで」が見つかれば見つけたかった。


 だが、いつでもミーヤとフェイ、それからルギがそばにいる。一人で動くことはできない。そのメンバーで4人で街をうろうろする。今度はあまりに目に付き過ぎて動きが取れなくなるんじゃないかとそのことも心配になった。


(どうしたもんかなあ……)


 そう考えながらカースとは逆方向、大きな港の「カトッティ」に来た日のことだった。


「あれっ、あれはもしかして」


 港に着いた船の一そうに見たことのある顔があった。


「おーい、ダル! ダルじゃねえか!」


 トーヤが声をかけながら馬で駆け寄る。

 間違いない、数日前に村に帰ったダルと、カースの村人たちが乗った船であった。


「おーい、トーヤあ! そっちこそこんなところで何してんだよー!」


 ダルも作業の手を止め、うれしそうにそう言って手を振った。


「俺か? 俺は街の平和を守るための見回りだよ」

「嘘ばっかり」


 ダルがケラケラと笑う。


 馬を適当な場所につなぎ、船に走り寄る。船の下から船べりを見上げて声をかける。


「なんでこんなとこ来てんだよ」

「なんでって、仕事だよ、魚、運んできてるんだよ。忘れてるかも知れないけど、俺、一応漁師だからな?」

「魚って、おまえ、馬か馬車で運ぶもんだとばっかり思ってたぞ。そう言ってなかったっけ?」


 近道について聞いた時、ダルは確かにそう言った。大きな道では時間がかかって魚が痛む、と。


「ああ、それは普通の時な。今日はすげえのが釣れて、それでこっちまで来たんだよ」

「へえ」


 ダルの話によると、普段はカースの海岸に船を上げ、そこで分けた魚を積んで馬か荷馬車で走ってくるらしい。だが今日は特別大物が釣れたので直接船をカトッティに着けたとのことだった。大漁の時にはそういうこともあるらしい。


「あのな、ここに着けるにはこれがな」


 と、ダルは手で金を示す形を作って見せた。


「なんだよ。だからよっぽどの場合じゃないと直接は来ない。もうけがなくなっちまうからな」


 ここ、カトッティにも魚を積んだ船は入る。だがそれは大部分が港よりさらに東、もっと大きな船、大人数で漁をしている船の話だ。カースのように小さな漁師町の船が毎回ここまで船を着けることはないと言う。

 ただ、カース沖には外海から流れてくる珍しい魚がやってくることが時々ある。そういう魚は貴重だ、わざわざ着船料を払ってでも急いで市場に持って行く。1回の漁で数日分の稼ぎになることもあると言う。


「今日は格別でっかいのが釣れてさ、なんでもその魚、宮に入るらしいぜ。いいよな~今日はうまいのが食えるぜ~」


 ダルは得意そうにそう言った。


「そんじゃいっそダルも一緒に来いよ。一緒にそれ食おうぜ」

「えっ?」


 トーヤのいきなりの誘いにダルは驚くが、


「なあ、ダルの兄貴さんたちよ、借りても構わねえよな?」


 と、勝手に話を進める。


「ああ、いいですよ。そいつ、トーヤさんに剣教えてもらってちょっとしっかりしてきたし、またしごいてやってくださいよ」

「ちょ、ちょ、兄貴、だめだよそんな、俺、今日こんな汚い格好してるし」


 長兄に慌てて言う通り、ダルは海で漁をしていたまま、潮風に洗われたままの格好をしている。髪まで塩気でぱさぱさに見える。

 季節はそろそろ秋に入るが、温かい気候のシャンタリオの夏に近い日差しにあぶられて汗もたくさんかいている。ダルは自分の姿を見て、とてもこのまま宮になんぞ行けないと気にしているのだ。


「大丈夫だって、なあミーヤさんよ」

「ええ、大丈夫ですよ」


 追いついてきたミーヤがにこやかに言う。

 カースの村で世話になった村人たちにも軽く頭を下げて挨拶をする。


「ダル、剣の訓練を続けて大分腰が入るようになったんですよ、もっとしごいてやってくださいよ」


 続けて次兄も豪快に笑いながらそう続けた。


 ダルの兄2人、どちらもがっしりとしたいかにも漁師、海の男と言う体格をしている。この2人と並ぶとダルはやっぱりかなり細長く見える。それは筋肉が欲しくなると言うものだ。


「でもそれは本当なんだよなあ。最近親父にもよくほめられるんだよ」

「おう、そうか、始めてよかったな」

「うん、俺もそう思う」

「そんじゃまた2、3日来いよ。俺もそういうの聞くとうれしいしな」

「でもそれじゃ帰りが困るよ。船は今度いつこっち来るか分からないし、今日は馬も借りてきてないしさ」

「そんじゃ帰りは俺が送って行ってやるよ。そんで今度は俺がまたカースに世話になる。いい口実になるしいいだろ?」


 とんとんと話が進み、またダルが宮に滞在することになった。

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