13 真名
「そもそも次代様ってのはなんだ? そのへんからぽっと
「それは生まれる前にシャンタルが
「そうだ。つまりそれは?」
「親から赤ん坊を取り上げる、ってことか」
アランが言う。
「そういうことだ」
「かわいそうだな……」
ベルが胸の前でキュッと右手を握り、下を向いてぼそっと言った。
「大体二十年、大事な子供を取り上げられるわけだから、まあかわいそうと言えるだろうな。その代わり次代様の親には結構な金が渡されるんだ、子供が戻ってくるまで毎年な。子供が戻ってきてもその子が生きてる限りずっとな。一生金の心配をする必要はねえ。だから、貧乏人なんかは自分が
「そりゃまあ金でしか
アランもベルも幼い時に家族を戦争に奪われた。それゆえに家族が引き裂かれる出来事には弱いのだ。
「子供が生まれても親には一度も抱かせてももらえないらしい」
「それ、ひどくねえか?」
「
「かわいそ過ぎんだろうがよ!」
ベルが
「そういう国だからな、単にかわいそうって言うのも違うと思うぞ? 自分の子供が
「それにしたってよ……」
まだ何か言いたそうにするがうまく言葉にできない。
「そんな親が唯一、子供にしてやれることがある、それが『
「なんだよ、そのまな、ってのは」
「名前だな。名前をつけてやることができる」
「大層な言い方だなあ、親が子供に名前をつけてやるなんて普通だろうによ」
「まあな」
トーヤも認める。
「その決めた名前をな、神殿に預けるんだそうだ。そしてマユリアが人間に戻る時にそれを受け取り、親がつけてくれた自分の名前を知ると人間に戻る」
「なんだよそれ、そんだけで人間に戻るとかって、なんだよ、なんだよそれ」
ベルの質問をアランが制する。
「名前はな、ある種の魔法なんだよ。名付けることで名付けた相手を
「ねえな」
「おまえは本当に何も知らねえなあ」
アランが妹に呆れたように言う。
「知るかよ、そんなの」
「まあ知らねえなら教えといてやるよ。名前ってのはな、そんだけ大事なもんなんだよ、こっちでもな」
「わっかんねえなあ、名前は単に名前だろうが」
「理由とかは俺も知らねえから聞くな。単純に名前は大事だとだけ覚えとけ」
「わかったよ」
ベルが不服そうにアランに言う。
「その名前を受け取らない限りマユリアはマユリアのままなんだな? マユリアも一時的に2人になるわけか?」
「いや、それはない。シャンタルの場合は1日だけ2人になるが、マユリアは受け渡しが終わったらすぐに名前をもらって人に戻るそうだ」
「もらわないとどうなるんだ?」
「俺もそこまでは知らんが、今のマユリアがちょっと形は違うが結果的に受け取ってないと思うから、そのままになるんじゃねえのか?」
「ふうむ……」
アランが左手で右手の
「ってことは、うちのシャンタルもそれを知ったら人間に戻るのか?」
「そこも分からねえんだよなあ」
トーヤがためいきをつく。
「そういう前例がないんだとよ。だから、一度マユリアになってでないと人間に戻れねえのか、それとも名前を知ったら戻るのか分からん」
「面倒だな」
「ああ、そうだな」
「もしかして、シャンタルがシャンタルなままなのもそのせいか?」
「鋭いな、さすがアラン」
トーヤが感心したように言うとまたベルがぶうぶう文句を言った。
「わかんねーよ、わけわかんねーなんでだよーよー」
「うるせえなあ、説明してやるから大人しくしとけ」
「とっととしてくれよな」
兄に言われ、ぶうぶう言いながら説明を聞く。
「俺だったらな、こんな目立つやつを連れて国に戻るなら見た目や名前を変える、分からんようにな。もしもシャンタリオの人間とかがこっちでたまたまシャンタルを見かけてみろ、名前を耳にしてみろ、あれ? って思わねえか?」
「そうか、そうだよな、シャンタルめちゃくちゃ目立つもんな」
うんうんと頭を振りながらベルが納得する。
「だろ? 隠すんなら適当な名前をつけて髪も短く切るとか染めるとかして外観も変える。そんで男らしい格好させてみろ、そんだけでもう誰もこのシャンタルがあのシャンタルとは思わんだろう」
「そうか、なるほどな」
「だがな、適当な名前をつけてみてもしもそれがシャンタルの真名だったら?」
「あ、人間に戻っちまうのかも知れねえのか」
「そうだ」
トーヤもうなずく。
「俺も適当になんか呼び名でもつけてやろうかとも思ったんだがそう言われててな。まさかそんな偶然あるわけないとも思ったんだが、そもそもがそれまでのことが全部そんなことあるわけないの連続だろ? そんでどうしても思い切れなかったんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます