11 認識

「一体何があったんだよ……」


 おとなしく聞いていたベルも困惑こんわくを隠せない。


「さあな、そこにいるご本人にでも聞いてみろって」


 トーヤに言われてシャンタルに視線を向ける。


「なあ、何があったんだ?」

「私がトーヤを見たからかな」

「え?」


 アランの問いにすらっと答える。


「その前に謁見の間ってところで会ってなかったか?」

「あの時は認識してなかったからね」


 シャンタルがこぼれるように笑う。


「目の前に来てたのに……って、そういやそういうこと言ってたっけかな」

「うん、見てなかった」

「この時はそんだけ遠いのに見たのか?」

「見たと言うか、感じたんだよね、なんだか妙な気配けはいを」

「妙なって」


 真面目な話なのにベルが吹く。


「うん、妙だった」

 

 シャンタルも笑いながら続ける。


「何がどう妙だったんだ?」


 崩れかけた空気を戻すようにアランが聞いた。


「う~ん、なんて言えばいいのかなあ……」


 シャンタルが言葉を探す。


「あの日、いつものように部屋にいたら、なんて説明していいのか分からないけど、初めて感じる気配を感じたんだ。それで、バルコニーに行くと言ったら侍女たちが輿こしを用意して連れて行ってくれた」

「輿って、自分ちの中だろ? 歩いて行かねえのかよ」


 ベルがびっくりしてそう言うと、


「自分ちだけどね、結構遠いんだよ、あそこ」


 シャンタルが笑いながら言う。


「まあ結構距離はあるな。そんでも普通の人間だったら歩いて移動する距離だ。こいつは普通じゃなかったからな」

「そうだね」


 トーヤの言葉にシャンタルが答える。


「歩くことってあったのか?」


 アランが確認するように言うと、


「ほとんどなかったね。部屋の中から外とか、本当に短い間ぐらいしか歩くことってなかったな。部屋から部屋へ移動する時の廊下はもう輿だったね」

「うへ~なんだそりゃ、キモい……」


 ベルが思わず言う。


「本当だね、キモいよね」

 

 シャンタルは気にすることもなく、笑いながら返事をした。


「なんで輿になんて乗ってるんだ? 外行くなら分かるよ。けがれ、だっけ、それに触らないようにだろ? でも自分ちだったら関係ねえんじゃねえの? 全部清められてるんだろ?」

「う~ん、そうだねえ……」


 ベルの質問にシャンタルがちょっと考えた。


「多分だけど、転んだりしてケガをしないように、かも」

「ケガ?」

「シャンタルはね、血を流してはいけないからね。血も不浄ふじょうなんだよ」

「って、10歳になるまでケガもしたことねえのかよ!」


 びっくりしてベルが大きい声を出す。


「なかったね。痛いとか熱いとか冷たいとか経験したこともなかった」

「うへえ……言葉なくすわ……」


 思わずベルが肩をすくめる。


「だからね、その時初めてだったんだ、何かに興味を持ったってことが」

「トーヤか?」

「その時は何か分からなかったけどね」

「それで、輿でバルコニーに連れて行ってもらって、それからどうしたんだ?」

「うん、バルコニーの前で輿を降りて、そこから侍女に手を引かれてバルコニーの中ほどまで歩いて行った」

「そこは転ぶ心配ねえのかよ」

「今思えばないことないよね、うん、本当」


 ベルの突っ込みにシャンタルが笑いながら答える。


「とにかくまっすぐ歩いて行ったら、左手の方にその妙な気配があったのでそちらを向いたんだ。そうしたらマユリアの隣にそれがあった」

「それがトーヤか?」

「うん」


 思い出すようにシャンタルがトーヤに顔を向ける。


「本当に不思議な感覚だったなあ、今でもはっきりと覚えてるよ」


 シャンタルが何かを懐かしむような目をする。


「なんだろうと思ってたら、マユリアの隣のその妙な気配がこちらを見たと思った。なので私も見たんだ」

「どう見えた?」


 アランが表情なく聞く。


「よく分からなかった」

「へ?」

「その時はなんだかよく分からなかったんだよ。でもあちらもこちらを見て、こちらもあちらを見た。それでその時は十分だと思ったから部屋に帰った」

「そんだけ!?」

「うん」

「そんだけでそんな風になんのかよ……」


 ベルが両目をギュッとつぶり、うーんと考え込んだ。


「あれか、中に神様が入ってたから、そんでその神様がわるさしたのかな?」

「どうなんだろうねえ」

「まあ今はもうそんなこともねえんだろうけどな。普通にトーヤやおれらのこと見てるもん、シャンタル」


 ベルがそう言うと、トーヤが思い出したように言った。


「あ、言うの忘れてたけどな、そいつん中、まだ神様入ってるからな」

「ええっ!?」

  

 ベルが椅子からガタンと音を立てて立ち上がり。

 アランは立ち上がりこそしなかったものの、中腰ちゅうごしになってトーヤを見た。


「か、か、か、か、神様入ってるって! じだいさま、ってのに移したんじゃねえのかよ!」

「移したよ」


 あっけらかんとシャンタルが言う。


「でもまだ残ってんだよなあ」


 うんうんと、明日の天気でも聞いたかのようにトーヤが頷いた。


「うんうんじゃねえよ! なんでそんなあぶねえもん入れっぱなんだよ!」


 ベルの言葉にシャンタルが吹き出した。


「それなんだよなあ」


 トーヤが続ける。


「目的の2つ目がそれだ、シャンタルから神様も抜きてえんだよなあ」


 トーヤの回答に、兄と妹はごくりと唾を飲み込んで恐る恐るシャンタルを見た。

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