10 お出ましの日

 複雑な顔をするアランを少しばかり見てから、トーヤはシャンタルに言葉を振った。


「しかしおまえ、本当にベルが来てから明るくなったな」

「え、そうなの? 初めて会った時からこんなんだったと思ったけどな」

「おまえが最初っから馴れ馴れし過ぎるんだよ」

「かもな」


 ベルはトーヤの言葉ににっかりと笑った。


「俺は初めて会った時には意識がなかったもんで覚えてはないんだが、目が覚めた時にこいつがやたらとなついてるのを見てびっくりしたのは覚えてる。こいつ、俺以外には誰にもなつこうとしなかったもんなあ」

「それはあれだよ、おれ、男の人は怖かったからさ。シャンタルのことは最初見た時女の人だと思ってたんだよ」

「なるほど」


 アランが納得したと言うように笑った。


「おれさ、母さん父さんのことは少しだけ覚えてるんだ。優しかった、大好きだった。でもよお、その後で会った大人の男の人はみんな怖かったんだよ。いや、大人だけじゃないな、子供も怖かった」

「ああ、そうだったっけかな」

「兄貴たちは兄貴たちだから平気だったけど、他の人間はだからみんな怖かった」


 両親を亡くした時、まだベルは7歳だった。

 家族5人で温かく暮らしていた家を焼き払われ、自分たちをかばった両親は隠れていた目の前で殺された。それ以来、ずっと戦場をうろつく生活の中、周囲を取り巻く人間は兄2人を除けばみんな敵だったのだ。


「でもさあ、シャンタルを見た時、思わず助けてってマントの裾掴んでたんだ。なんでか分かんねえけどよ、この人は大丈夫だって思ったんだよな。なんでかな、ろくに顔も見えてなかったのにな。そしたらこっち向いてくれて、顔見たらもっと大丈夫だって思った。でもずっと女の人だと思ってた」

「今でもそれはそうだもんな」

 

 アランがまた同じように笑った。


「そういやさ、トーヤが初めて会った時、シャンタルってあの時のおれと同じぐらいの年だったんだろう? 子供だったんだろ? どんな感じだった?」


 ベルの問いにトーヤはそっけなく答えた。


「可愛げのねえガキ、だな」

「ぶふっ」

 

 ころころとベルが笑う。


「そりゃまた神様に対してえらい感想だな」


 アランも笑いながらそう言った。


「会ったってか、初めて見た時はちょっと離れたところから見たんだよ。神様やってる時だったし、うんともすんとも言わねえでつんとすましてたらそのぐらい思うだろうよ」

「なるほど」


 笑いながらアランが答え、トーヤがうんうんとうなずいた。


「初めて見た時はな、シャンタルのお出ましの日で、俺が寝かされてた部屋から見たんだよ、会ったわけじゃねえ」

「うまいスープ食った後でか?」

「いや、もっと後だ、一月ひとつきぐらい後だったかな」

「え、そんな後かよ? ってか、そんな部屋でその間ずっと住んでたのか?」

「住んでたってか、出してもらえなかったってか、そんな感じだったな」

「そりゃまた豪華なおりだな。危険人物だからか?」


 アランのからかうような言い草に、トーヤがふふんと笑ったように片頬を上げる。


「そりゃ神様のお告げで連れて来たものの、こんなのが流れてくりゃ宮、ああ、シャンタル宮のことな、そこの人間も困ったってのもあるだろうよ」 

「かも知れんな」


 アランがニヤリと笑った。


「そんな時にミーヤがな、本日はシャンタルのお出ましがありますがご覧になりますか? って聞いてきたんでな、やることもないし部屋の窓からのぞいてたら、なーんかちびっこいのがマユリアと並んでバルコニーに出てきたんだが、にっこりしてるマユリアの横で、こいつ、むっつり黙ったまま動きもしねえで立ってたんだよ。そりゃもうなんだこいつって、思ったよな」

「神様がやたらとニヤニヤしてるってのも威厳いげんねえけどな」


 アランが今度は声をあげて笑った。


「なんでも、決まった日にこうして民の前にお顔をお見せになるんだ、って話だった。その前はまだ俺が意識のなかった時だっつーてたから、大体一月ぐらい後だったって記憶してる」


 トーヤがまたふっと遠い目になる。


「それでもよ、なんだかすげえ場面を見せられてるんだなって気分にはなったな。バルコニーの下の広場にいっぱいの人がいて、みんなキラッキラした目をして、中には泣いてる人間もいてな、そいつらがみんな騒ぐでもなくじっと見上げてるんだよ。マユリアはにこにこしてたが愛想も素っ気もない生き神様の姿を見てよ、もうな、ただただ感動してるんだ。王都の人間だけじゃなく、遠くからこの日のためにはるばる旅をしてくる人間もいるんだとよ。そりゃもう一生に一度の旅だったりするんだそうだ。俺にはそんな気持ちはさっぱり分からねえけどよ、それでもなんて言えばいいのか分からんが、こう胸になんかくるもんがあった」


 アランもベルも、常にないトーヤの様子に神妙になった。


「しばらくして2人がいなくなるとな、その時になって初めて息をしたかのようにはあ~ってのが広がって、みんな話を始めたり動いたりしてな、段々と広場から人がいなくなって何もなかったように静かになったな。あれもなんだか忘れられねえ」


 トーヤが見えない何かを見るように、視線を少し床の方に動かす。


「みんな、帰ってどんな話をするんだろうなとか思ったな。遠くから来たやつは故郷に帰って自分が何を見たかとか興奮して話すんだろうなあとか、家族で来たやつは何回もこの話をするんだろうなあとか、なんか色々考えた。俺にはない何かを持ってるやつらがちょっとばかり羨ましくなってな、少しばかりさびしいと思ったのも覚えてるな」


 トーヤの言葉に誰も答えなかった。 

 さきほどまでの明るい会話もなく、またしんとした時間が落ちた。


「……そんなさ」

 

 固まったような空気をほぐすように言葉を吐き出したのは、やはりベルだった。


「そんな、そんな神様のさ、シャンタルが、なんでここにいるんだ? なんでトーヤと一緒にいるんだよ? おれたちと別れてどこへ行こうって言うんだよ? そろそろそのへん教えてくれよ、おれ、そうでないともう、なんだかもう……」

「わけわかんね~だろ?」


 アランが妹に一つデコピンをして「痛えな」とベルが答える。


「そろそろ核心に入ってくんねえかな? 俺もずっとそのへん不思議だったんだよ」

「そうだな」


 トーヤが足を組み替えた。


「大体前もって知っておくことは話したしな。まだ色々話すことはあるが、とりあえずこいつがどういうところから来て、どんなやつだったか、それだけ分かってもらえたら後は大丈夫ってもんかな」

 

 トーヤがソファに座り直し、組んだ両手を膝の前に落とした。

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