9 神様の言葉
トーヤが「腹が減った」と言うと医者は
(笑えるんだな)
なぜだろう、さっきからあまりにも現実と思えない
思えばトーヤの故郷の女たちはよく笑った。はっきり言って笑えるような幸せなことがそんなにない女たちなのに本当によく笑った。きっと辛いことの方が多いからこそ笑うのだろう。ろくなことのない人生だからこそ、今この一瞬を笑って乗り過ごしていたのだろう。
「お食事をご用意いたします」
ミーヤがそう言って
「その調子だと大丈夫でしょうな、また何かありましたら呼んでください」
そう言葉では言ったものの、本心はもう二度と来たくはないようなしかめ面をして帰っていった。
しばらくするとミーヤが何かが乗った盆を持った他の少女と一緒に戻ってきた。
ベッドサイドのキャビネットの上に盆を置く。何かあたたかそうな物が入った土鍋のようなものだ。そこから何か
手渡されると手にほんのりと温かい。
魚介のスープらしい。そこに何か粒を柔らかく煮たようなものが少しばかり入っている。ミーヤによると「しばらく絶食をした後だから」と米を柔らかく煮て入れてあるスープだそうだ。それをゆっくりと飲み込むと喉から胃にほんのりと香草の香りをまとわせながら流れていった。
「う、うまそうだな……」
ごくりとベルが唾を飲み込んだ。もう深夜を過ぎている。確かに空腹を感じてもおかしくない時刻だ。
「うまかったな」
思い出すようにトーヤが言った。
「正直、今まで食ったものであれが一番うまかった」
「そんなにかよ!」
「ああ」
「っはー! おれも食いてえな!」
みんなが笑った。
「まあ、あれだ、何日も食ってなかったし、おまけに死にかけて戻ってきたばっかりだったからだろうけど、本当にうまかった」
「シャンタリオ行ったら食えるのかな?」
「どうだろうなあ」
話を一休みして食べ物の話で盛り上がる。
主にベルが「それ食いたいー」と言っては笑う、そんな繰り返しであった。
「ところでな、一つ気になってきたんだが」
「なんだ?」
アランが尋ねる。
「さっきから不思議だったんだが、言葉が通じたのか? そんだけ遠くの国だがこっちの言葉を話せる人間がいたのか」
「あそこの言葉はシャンタル語だが通じる」
「は?」
アランは意味不明だという顔をした。
「通じるんだ、不思議なことにな」
「わけわかんねえな」
ベルの口癖が出る。
「言葉が同じなんだ」
「へ?」
トーヤがアランを見て言った。
「アルディナ語とシャンタル語は同じなんだよ」
「なんだよそれ!」
「ちょ、ちょっと待てよ」
ベルが目をむき、アランが「まあまあ」というように両手のひらを立てる。
「俺もよく知らねえけどよ、アルディナの神域を過ぎた「中の国」や違う国の人間は違う言葉しゃべってるよな?」
「そうだな」
「戦場でよ、他の国のやつらと一緒になって言葉がよく通じなくてよ、お互いに知ってる単語並べてしゃべってってやることあるよな?」
「あるな」
「だったらよ、そんだけ遠い国の言葉が一緒ってのは変じゃねえか?」
「だな」
「だな、じゃねえよ」
ベルがアランの後を継いだ。
「おっかしいよな、そんなの。おれでも分かるぜ」
「シャンタル語はな、神様の言葉だそうだ」
「へ?」
「おい、それって」
ベルとアラン、2人がそこで言葉をなくす。
「こっちじゃアルディナ語は神様の言葉だと言われてる。同じようにシャンタル語も神様の言葉だと言われてる。神様の言葉をそのまま人間が使ったって言葉が同じ言葉で、場所が違うと違う名前で呼ばれてるだけだ」
「それってつまり……」
「おおー俺ってすげえ!」
アランが何か言いかけた言葉をベルの声がかき消した。
「それってさ、それってさ、どっちも同じ神様の言葉だってことだろ? ってことはさ、おれの喋ってる言葉はさ本当の本当に神様が使ってた言葉ってことか? おれって神様の言葉しゃべってるの? すげえなおれ!」
うれしそうにパタパタ手を叩いて興奮している。
「おい、おまえ・・・」
「ベルは、楽しそうでいいな」
今までほとんど口を開かなかったシャンタルが、ほころぶように笑って言った。
「えーだってよ、おれ、ずっとみんなにバカだバカだって言わてるのによ、神様の言葉しゃべってるんだぜ? すげえと思うだろ? だろ? だろ? だろ?」
「すごいね」
「だろー!」
「それにベルはバカじゃないよ」
シャンタルがゆるやかに続けた。
「ベルはそういう環境にいなかったから勉強する機会がなかっただけだよ。だから教えたらすぐに文字も覚えたし、本当は頭がいいんだよ」
「ほんとか!」
ベルは目をキラキラさせた。
「やったーやっぱりおれってすげえ―」
そう言って盛り上がっているベルと、にこやかにそれを見ているシャンタルを横目に、アランが複雑な顔でトーヤに顔を寄せた。
「おい、それってさ、つまり」
「ん?」
「字も同じ、ってことなのか? シャンタルがベルに教えてる字ってこっち来てから覚えた字じゃねえんだろ?」
「そういうことになるな」
アランは下を向き、右手の親指を軽く
「俺は、なんだかちょっと怖い・・・」
「それが自然だな」
楽しそうに話しているベルとシャンタルを見ながら、アランとトーヤは口をつぐんだ。
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