11 反感

「さっき、一月ひとつきほど寝かされてた部屋にいたっつーたけどな、その理由の半分は俺の具合があまりよくなかったことだ。命に別状はなかったものの、しばらくは命を吸い上げられたみたいに体に力が入らなかった。おまけにな、咳が出たら、口や鼻から木っ端こっぱみたいなもんが出てくるんだ」

「げっ、なんだよそれ!」


 ベルが想像し、嫌そうに言う。


「なんでも、波にもまれてる間に破片とかそんなもんを吸い込んでたとかで、体がそれを出そうとがんばって咳が出て外に出すんだと」

「い、痛そうだな……」

「痛いっつーか、苦しかったかな。そんで、時々は肺や気管や喉を傷つけたみたいで血も吐いたりした」

「うえええええ!」

「おまえうるさい」

「だって、だって痛そうじゃん」

「また話がそれる、そんで?」


 アランが軌道修正し、トーヤが苦笑する。


「そういう体の中からの傷も癒えるのにしばらくかかったんだな。俺が具合が悪くなると世話してるやつらが医者を呼んでくる、またあの辛気臭い医者がやってきて具合を診る、ってなことが何回かあった。そういうわけで、一月近く、まあそんなに動ける状態でもなかった」


 ベルが心配そうに眉を寄せ、トーヤがそれを見て大丈夫だというように少し笑った。


「そうしてる間にやっと元気になってきて、そんな時にシャンタルのお出ましがあったわけだ。それで部屋の窓から初めてシャンタルを見たんだな」


 トーヤが姿勢を変えた。


 前屈みだった姿勢から、またソファの背に持たれ、そしてちらっと隣のシャンタルに目を寄こす。

 アランとベルもつられたようシャンタルを見る。


「本当に不思議な光景だったよ、あれはな」


 トーヤの視線が今は見えない何かを見た。


「なんでみんなこんなに感動してるんだ? 何がそんなにうれしいんだ? 俺にはよく分からなかった。それが羨ましいような悔しいような気持ちと、同時になんか気持ち悪くなってきた」

「何が気持ち悪かったんだ?」

 

 ベルが不思議そうにそう言うと、アランが続けた。


「俺は、なんだかちょっと分かるような気がするな……なんでそこまで神様を信じられるんだ、って感じじゃね?」

「多分、そういう感じだったと思う」

「やっぱりか……」

 

 アランとトーヤが分かり合うように言うのにベルがむくれた。


「なんだよ、2人だけでそんな分かったみたいに、何だよわけわかんねーよ」


 今夜何度目の「わけわかんねー」だろうか。


「つまりなこういうことだ」


 アランがトーヤに変わって話す。


「人がそんだけいるのにな、誰一人としてシャンタルとマユリアを本物だって疑ってないんだよ。偽者だってんじゃなく、実際に何かしてもらったわけでもねえのに、間違いなく神様だって信じてる。なんで信じられるんだ? 中には一人ぐらい疑ってるやつがいてもいいんじゃねえのか? もしも俺がそこにいたら、ちらっとそう思うな、やっぱり」

「えっと、やっぱりまだよくわかんねえよ……」


 しおしおとそう言うベルに、トーヤが答えた。


「俺はな、はっきりとこう思った。馬鹿じゃねーのか、ってな」

「えっ!」

「おまえら、そこのガキが死ねっつーたら死ぬのかよ、ってな」

「ちょ、トーヤ!」


 ベルが慌てたようにシャンタルを見る。

 シャンタルは静かにじっと黙っている。


「神様を信じるのはかまわねえよ、そんで自分の助けになるならな。だがな、誰一人疑うこともせず、ただひたすら信じてる人間の群れを目の当たりにしてな、ぞっとしてきた」


 ベルはもう言葉もなくおろおろしている。

 シャンタルは何も反応しない。


「そんでイライラして腹が立ってきたんだ、俺はなんでこんなところにいるんだ? ってな。そんでミーヤに言ったんだよ、シャンタルとマユリアに会わせろ! ってな」

「ええっ!」

「なんでいるかって考えたらな、連れて来られたんだよ。だがな、なんで連れて来られたかさっぱり分からん、そのことに気がついてイライラしてきたんだ。お前だって『わけわかんねー』状態におかれたらむかっ腹立てるだろうが」

「そりゃ、そうだけどよ」


 ベルがうう~んと頭を抱え、ようやく思いついたように言った。


「だ、だ、だってさ、助けられたんじゃん? 船が沈んで死にそうなところをさ。だからそこにいたんじゃん、そうだろ?」

「それはそうだ、認める。だがな、助けようと思って助けたわけじゃねえ。なんか用事があったから連れてきたんだろうが、だったらなんとか言ってこいよ、そう思ってもう腹が立ってきたんだ」


 言葉もないベル。

 複雑な顔でため息をつくアラン。

 シャンタルは何を考えているのか表情から読むことはできない。


「正直、助けてもらってそれまでのことは感謝してるし、具合が悪かったこともあってすげえ助かった。何もしなくても気持ちいい場所に置いてもらって、何の苦労もせずうまいもん食って、甘やかしてもらって、そりゃもう気持ちよかった。このままずっとこの暮らしが続けばいいと思わんこともなかった。だがな、このままじゃ俺もあいつらと同じになっちまうと思ったら、そりゃもうたまらなかったんだ」


 トーヤの顔半分に何かの影がさす。


「乗ってきた船は沈んだ、一緒に来たやつらは死んだ、そして俺も一文無しで右も左も分からん国に一人ぼっちだ。どうすりゃいいかと考えても答えも出ねえ。体の具合も良くねえ、だったらこのままここで極楽気分で暮らせりゃいいな、と思ったさ」

「俺もきっとそう思っただろうさ、人間ってのは弱いもんだな……」


 アランがぼそりと言った。


「そう思ってた自分にな、シャンタルを見に来てるやつらを見て気がついたんだよ。それで頭に血がのぼってあのクソガキに会ってやる、あのクソ生意気なアマにもな。そう思って会わせろっつーたんだが、会わせられねーっつーんだよ」


 仄暗いランプの灯りの下、トーヤの顔は、当時を思い出すように怒りに染まったように見えた。

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