4 戦場の子供たち

 しばらくするとアランが部屋からベルの上着を持ち、自分ももう1枚服を引っ掛けて部屋に戻ってきた。

 さらにもうしばらくすると、ベルが盆の上に温かいお茶が入ったポットと、木を削って作った持ち手のないカップを4つ乗せて戻ってきた。


「親父まだ起きてて明日の朝の仕込みしてた。うまそうな匂いしてたなあ、明日の朝はなんだろうな」


 ベルは匂いを思い出すように、ひくひくと鼻を動かしながらそう言い、小さなテーブルの上に盆を下ろすと、粗末なカップに湯気を立ててお茶を注いでいく。


 基本素泊まりの宿だが、料金さえ払えば食事の支度もしてくれる。宿を拠点にあっちこっちに商売に出る行商人なんかは、外で食事をする店がなければ宿に頼む。


 トーヤたちも明日の朝食を頼んであった。

 食事以外にも、もちろん別料金だが、洗濯やその他のちょっとした用事も頼めるし、もう少し余分に払えば女も男も部屋に呼べる。使いようによってはなんとでもなるのが、こういう宿の使い勝手のいいところとも言える。

 

「親父さ、お茶くれって言ったら『別料金でお酒もお出しできますよお~』って言うからさ『ガキに何言ってんだよお茶くれ』って断ったら、渋い顔しながらお茶出してくれた。お茶はただだからな、ちょっとでも儲けようって必死だな」


 ククククッと、楽しげにベルが笑う。


「今日は酒はだめだな、トーヤがつぶれて話ができなくなるからな」


 ククククッと、今度は楽しげにアランが笑った。


 意外なことに、強面こわもてに似合わずトーヤは酒が飲めない。まさに一滴も飲めないと言っていいぐらいの下戸げこだ。


 アランはそこそこいける口で、まだ13歳のベルも、兄貴のグラスからちょろっとなめてはご機嫌なところから、結構な飲み助になりそうな気配がある。

 さらにシャンタルにいたってはいわゆるザルだ。いくら飲んでも顔にも出なければ酔っぱらいもしない。


「酒なんか飲めなくてもな、この世の中困ることなんざ一つもねえ、茶が飲めれば十分だ」


 チッと舌打ちをし、湯気を立てるカップからお茶をすするトーヤにベルがからむ。


「いい年した男が酒の一つも飲めねえで、どうやって女の一人もくどくってんだよ」

「酒飲まなきゃ女の一人もくどけねえような男は下の下だな」

「へえ~、じゃあトーヤは酒なしで女くどけるんだ?」

「当然だ」

「その割にゃあ女っ気があったとこ見たことないけどなあ」

「おまえらみたいなガキ連れてりゃ、その気があっても女は寄ってこれねえんだよ」

「負け惜しみ言ってらー」


 またククククッと、ベルが笑う。


「そうやってからんでくる奴らはな、片っ端から血の海に沈めてやったもんだ」

「お~おっかねぇ~」


 カップを両手で持ち、ふうふうと湯気を吹きながらベルが肩をすくめる。


 もちろんトーヤはベルにそんな真似はしない。分かっていて仲のいい兄弟にからむように、しょっちゅうこんなやりとりをしている。それこそ、血の海に沈められた奴らが見たら、両目をむいてびっくりするだろう光景だ。


 さっきまでの剣呑けんのんな空気は消え、湯気を立てるカップのように、ゆるやかな時間が流れていた。

 ちょうど、寒い夜、肩を寄せ合った子どもたちに母親が物語を語るような。


「おれさ、こういう時間好き」


 ベルがカップの湯気を見つめながら、ほっこりと言った。


「なんかさ、いいよなこういうの。おれ、こういうのがずっと続けばいいと思ってる」

「血なまぐさい仲なのにか」

「そうだな、トーヤは酒臭くない代わりに血なまぐさいな」


 またベルがトーヤにちょっかいをかけ、トーヤがピシッと一つベルの額を人差し指ではじく。「痛えな」と言いながらベルが額をさすってにっこりと笑った。


「血なまぐさい仲」


 トーヤの言葉通り、トーヤとシャンタルがアランとベルに会ったのは戦場だった。


 アランとベルの一家はごく普通の農家だった。

 「アルディナの神域」の端っこ、ごく普通の田舎で、日々食べるものを細々と作り、食べるだけで手一杯だが、それでも家族が肩を寄せ合って温かく暮らしている、そんな本当に普通の一家だった。


 そんな一家がある日突然、戦に巻き込まれた。


 そう遠くない場所で、小国同士の、そう大きくない戦が起きた。

 全く関係のない世界のことだと思っていたその戦は予想以上に大きくなり、一家の暮らす村にまで広がった。

 そして畑にも家にも火がかけられ、子供たちを守ろうとして両親は殺された。


 戦が通り過ぎた後、生き残ったのは両親が必死で隠して守ったアランとベル、そしてもう一人、アランの上の兄の3人の子供たちだけだった。

 残された子供たちを守ってくれるものはなく、仕方なく3人は「戦場稼ぎ」をして生きていくことになった。


 「戦場稼ぎせんじょうかせぎ」とは、文字通り戦場に残された金目の物、折れた刀やよろい欠片かけら、そしてたまにちょっと金目の物なんかを拾っては、それを売って生計を立てる、そういう手段だ。

 多くは先勝者が戦利品として根こそぎ持って行った残りだが、それでもなんとか命をつなぐことはできる。家族を亡くし、他に生きるすべのない子供たちにできる唯一の手段と言ってもいい。


 少ない獲物を巡って子供同士の間にも争いは起きる。

 負けた者は生きていけない。

 弱い者から消えていく。


 敵はライバルの子供たちだけではない。戦場をうろつくのだ、刃に巻き込まれて命を落とす者も少なくはない。

 生き残った子供たちも、成長するに従ってやがて刃を手にするようになる。強くなり生き残った者はそのうち兵として「違う形の戦場稼ぎ」になっていく。

 アランとベルの兄も、そうしてやいばを手にして、そうして命を落とした。

 兄と妹は2人になり、それでも戦場稼ぎで生きていた。


「あの時、トーヤとシャンタルが来てくれなかったら、今頃こうしてなかったんだろうなあ」

「ああ……」


 アランもこっくりと頷いた。

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