3 生きる神の国

「生き神様って知ってるか? シャンタリオではな、そいつが国で一番偉い。その次に偉いのがその神様の侍女のマユリアで、こいつは王様と同じぐらい偉い」

「王様の上に神様がいるのか」

「そうだ」

「待てよ、王様よりえらい神様がいて神様の侍女が王様と同じぐらいえらい。あーもう、やっぱわけわかんねー!」


 ベルが頭を抱えてふるふると振る。


「まあ黙って話を聞けよ。まず生き神様の話から分かんねえと、もっと『わけわかんね~』ってなるぞ」

「わかったよ」


 兄と妹が静かにうなずく。

 トーヤは言葉を続ける。

 シャンタルは無言のままだ。


「俺も聞いた話だからな、本当のところはどうか知らん。けどその国での話はこうだ。シャンタル神が置いてかれる人間を哀れと思ってこの地上に残ることに決めた。その時に侍女マユリアって女神もあるじの女神様のお世話をするために一緒に地上に残った。だが地上にはけがれが多い、十年もすると女神様は具合が悪くなってきた」

「女神様なのにか?」

「だ、そうだ」

「変なの、神様なのにな」

「そうだな」


 トーヤはベルに軽く相槌あいづちを打つ。


「まあとにかくだな、人間のために残ってくれた神様だが病気になったんだな、それも命に関わるような病気にだ」

「神様も死ぬのか! 神様なのにか!」


 びっくりしたようにベルが叫ぶ。


「そうらしい。とにかく神様も死ぬらしいな、地上にいると」

「信じられねえ」

「だからぁ、お前、話の腰折るなって」


 またアランがベルを小突き、ベルがぷっとふくれて口を閉じる。


「とにかく地上の穢れってのが問題らしい。それで女神様は考えた、生き神様ってのがそれだ」

「わっかんねえ……」

「俺も分かんねえ」


 今度はアランもベルを止めなかった。


「まあ神様ってのはえらいことを考えるもんらしい」


 トーヤがはっと息をついた。


「穢れが問題なら穢れのない体に入ればいい、そういうことらしい。女神様がこれって人間から生まれた女の子を連れてきて、生まれたらすぐそこに女神様の魂を入れて生き神様とした」

「え、なんだそれ」

「やっぱり意味わからんー!」

 

 兄と妹の言葉にトーヤが答える。


「簡単に言うとだな、これから生まれてくるまだ地上の穢れを受けてない清らかな女の赤ん坊に女神様の魂を入れる。それで大体十年ぐらいはいけるらしい。十年経ったらまた次の赤ん坊に女神様の魂を入れる、それを延々この二千年繰り返し、今もその女神様が国を治めてる」


 兄と妹は無言で顔を見合わせた。


「それで侍女のマユリアってのも、主の女神様ほどじゃないがやっぱり穢れの影響を受ける。今度は二十年ほど経つと命に関わるようになってくる。だから、女神様が抜けた後の体を今度はマユリアがもらうことにした」

「あーもう、なんだそりゃー!」

「本当にな」

 

 トーヤがふっと遠くを見るような目になった。


「選ばれた赤ん坊は生まれて十年は女神シャンタルとして生活し、次の十年は侍女の女神マユリアとして生活する。そんでまた次の赤ん坊が生まれたら、マユリアはその体をシャンタルに譲って今度はシャンタルが新しいマユリアになる。譲った元のマユリアはやっと人に戻り人間の世界に戻る。そういう人生を送るわけだ」


 アランがうーん、と一つ首をひねってから手を上げた。


「分かったような分からんような話だが、一つ気になることがある」

「なんだ?」

「とりあえずシャンタルって呼ばれる女神様がいて、人間が交代でその入れ物をやってる、それで間違いないか?」

「ないな」

「シャンタルやった人間は続けて侍女の女神様やって、次のにお役目を譲って任期が終わったら人間に戻れる。これも間違いないな?」

「ないな」

「そんで、人間に戻った元マユリアってその女はどうなるんだ?」

「知らん」

「知らんって」

「色々らしい」

「色々?」

「ああ、色々だ、それも聞いた話だけだがな」


 トーヤがチッと一つ舌打ちをした。


「家に戻って普通に家族としてやってけるのもいるらしいし、どうしても神様の生活から抜けられなくてだめになるのもいるらしい。らしい、だけで申し訳ないが、それ以上のことは分からんからな。まあ、人によるんじゃないのか?」

「なんか、あんまりいい気持ちのする話じゃねえな」

「だな」


 トーヤがまた一つため息をつく。


「まあだな、そういうことを二千年の間ずっと続けて、そんで今も神様が国を治めてるわけだ、シャンタリオではな」

「待てよ、もう一つ気になることがある」

「なんだ?」


 アランがちらっとシャンタルに視線をうつし、言葉を続ける。


「その生き神様ってのは女の子なんだろ?」

「女神様の入れ物だからな」

「じゃあよ、その、なんだ、その、なんでその、うちのシャンタルは男なんだ?」

「知らん」

「知らんって……」

「知らんもんは知らん、本人もなんでかなんか知らんだろう」


 言葉もなくシャンタルを見つめる。


「まあ、とにかくだ、神様の話はここまで、この先はこいつの話だ。俺の話もちょっと入るがな」


 トーヤはシャンタルをあごでしゃくり、組んでいた足をほどいて首をコキコキと鳴らしながら言った。


「何にしろ、まだまだ先は長い、一休みだ。ちょっと喉も渇いた。おまえら、宿の親父んとこ行ってなんか飲むもんでも持ってこいよ。ついでに部屋に戻って上に着るもんもな。夜はちょっと冷える」

「そうだな」


 アランとベルは椅子から立ち上がった。

 ここはトーヤとシャンタルの2人部屋、兄と妹の部屋はその並びに取ってある。

 

 季節は秋、昼間の太陽が空にある時間にはまだ汗ばむほどだが、深夜から朝にかけては冷え込んできている。トーヤに呼び出され、ちょっとのつもりで薄着のままでこの部屋にやってきた体が少し冷たい。


「今夜はここで夜明かしかよ、だったら最初からこの部屋だけ取りゃよかったのに」

「馬鹿かよ、宿も商売だ、4人に一部屋なんか貸すかよ」

「ちぇっ、ケチだなあ」


 ぶつぶつと悪態あくたいをつきながら兄と妹は部屋から出て、トーヤとシャンタルの部屋の扉を閉めた。


 この部屋は2階の角部屋かどべやだ。廊下の一番突き当りの部屋で壁の向こうは外になる。そしてその隣はアランとベルの部屋。いくら壁が薄い安宿でも、空中にぶら下がって部屋の様子でもうかがわない限り、中の会話を聞くことは不可能だろう。


(トーヤのやつ、最初からこんな面倒な話をするつもりであの部屋を取ったのかな)


 アランはそう考えながら自室のドアを開け、ベルは「親父まだ起きてるかな」とひとちながら階下へ降りて行った。

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