2 神世の話

「冗談じゃなくな、そこから話さないと分からん話なんだよな、これが」


 もう一度いたずらっぽく笑いながらトーヤがそう言った。


「冗談じゃないって……あんたのいつもの冗談としても、あまりにも突拍子もなさすぎるだろうが」


 アランがそう言うと横でベルもうなずいた。


「まあまあとりあえず黙って聞けよ。この世には『アルディナの神域しんいき』って地域があり、でっかい国の大部分がそこにあるってのは知ってるよな?」

「そりゃ知ってる、自分らの世界のことだからな。俺もベルも、一応アルディナの神域生まれになるしな」

「うん、だからおれたちが使ってる言葉もアルディナ語ってんだろ? 嘘かほんとかしんねえけど、大昔に神様が使ってた言葉だって聞いたことある」

「まあそういう話だな」

「で、それがどうしたんだよ、神様の話がどう関係あるんだ?」


 アランの問いかけにトーヤが答える。


「昔々、それこそ大昔も大昔だ、この世には神様が人間と一緒に住んでいて、仲良くやったり喧嘩けんかしたりしてたわけだ」

「神様のけんかってのは戦争のことだよな?」

「そうだ」

 

 ベルが聞き、トーヤが答える。


「神様と人間が一緒になってあっちこっちで戦争やって、世界がだめになりそうになったんだとよ。そんで、人間のことは人間が、神様のことは神様がなんとかしようってことで、神様はこの世界を人間に任せて神様の世界に戻っていった、そういう話だ」

「それはなんとなく聞いたことがある」

「おれも」


 兄と妹が答える。


「その時にアルディナって光の女神様が、この先も人間がうまくやってけるようにって置き土産にしてったのが、『アルディナ神聖帝国しんせいていこく』だ。アルディナの神域はその国を中心にできた世界だな」


 トーヤが続け、2人は黙って聞いている。


「神様が自分らの世界に戻って行ったのが二千年前、その時に2人の女神様が人の世界に残って国ができた。アルディナ神は国は作ったが自分は残らず、神様の世界から神殿を通して人間のためになんやかんややってくれてるらしい。けど2人の女神様は違う。実際に人の世界に残って国を作った。そのうちの一つはアルディナ神聖帝国の中にできた『アイリス王国』だ」

「知ってる、剣の女神アイリスが始祖しその剣士の国だよな?」

「ああ、そうだ」


 アランが聞き、トーヤが答える。


「人間の剣士に恋をしたアイリス女神がその人間と夫婦になって国を作った。神聖帝国崩壊ほうかい後の今もアルディナ王国の西の隣にある、女神の血を引くという女王の国だ。だが今回はこの国のことはひとまず置いておく」

「置いとくのかよ!」


 ベルの突っ込みにまたニヤッと笑ってトーヤは続けた。


「今回は関係ないからな。そんでもう1人、シャンタルって慈悲じひの女神様もやっぱりこの地上に残って国を作った。シャンタル女神は知ってるよな?」

「シャンタルってのは女の子によくつける名前だからな、慈悲の女神様にあやかって優しい女の子になるようにって。多くはないけど男にもつけることがあるな」

「ああ、そうだなよくある名前だ、こっちじゃ特に珍しくもない」

「だがな、『シャンタルの神域』って知ってるか? そこじゃだめだ。シャンタルってのは神様の名前で人間につけるなんて失礼なことはできん」

「聞いたことはある。ずっと東の遠くのシャンタル神を信心してる国だろ?」

「そうだな、ここからは遠い国だ、船で何日もかけて『東の大海たいかい』を超えたずっと先だ。途中のアルディナの神域に入らない『中の国なかのくに』をいくつも超えたずっとずっと向こうにある」

「すっげえ遠くなんだな、想像もつかねえや」


 トーヤとアランのやり取りを聞いていたベルが頭を振って言う。


「まあな。まあこっちとはぜんぜん違う。その国でな、シャンタルはシャンタルだった」


 トーヤの言葉に兄と妹が困惑こんわくしたように顔を見合わせる。


「ちょっと待て、それって神様の名前だろ? で、人間につけちゃいけない名前なんだよな?」

「なんか、わけわかんねえ……」

「簡単に言うとな、シャンタルはその唯一のシャンタルだったんだよ、シャンタルの神域の中心の『シャンタリオ』って国でな」


 トーヤの言葉にアランとベルは言葉を発せられないままシャンタルを見た。

 シャンタルは無言のまま、じっと座ったままでいる。


「シャンタリオでシャンタルに会ったのは八年前になる。当時、俺は海賊船に乗っててな、その船がシャンタリオに行ったわけだ」

「海賊船!?」


 ベルが驚いて声を上げる。


「海賊船ったって普通の商船とそう変わらねえ中途半端な海賊船だったがな。こっちの荷物を積んであっちに行ってあっちで売る、帰りにあっちの荷物を積んで帰って今度はこっちで売る。ただ違うのは、途中で獲物の船を見つけたら襲う、海の上で仕入れすんだな。まあそんだけの違いだ」

「ずいぶんと大きいそんだけの違いだな」


 アランがからかうようにそう言い、トーヤがニヤリと笑った。


「まあな。だがまあ、本当にそうなんだからしょうがねえ」

「そんで、その海賊船でトーヤはシャンタリオか? その国に行ってシャンタルと会った。そんでシャンタルってのは神様の名前で人間につけちゃいけねえ、でもシャンタルはシャンタルって呼ばれてて……あーわけわかんねえ!」


 濃茶こいちゃの髪をかきむしってベルが頭を振った。


「シャンタリオってのは今でもシャンタル神が治めてる国なんだよ」

「へっ? 神様がぁ~?」


 ベルがふふんと鼻で笑った。


「神様なんているわけないじゃん。いたらおれらみたいなかわいそうな子どもいるわけねぇしな」


 やれやれ、とでも言うように、ベルが両手を肩のあたりであげ、頭をふるふると振る。


「それがいるんだよ」

 

 こちらは至極しごくまじめにトーヤが続ける。

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