第279話 君の不穏さを愛おしむ(百合。先輩×後輩)

 ある日の午後。西日の射し込む喫茶店。

 とろりと溶けそうな蜜色の陽射しに、焦げ茶を基調としたレトロな喫茶店の店内は、まるで時を止めたセピア色の写真の中のよう。

 それなのに。

「あっはっはっはっはっは!」

 そこに響く僕の笑い声。

 我ながら、まったく場違いである。

 他にお客さんが居なくて良かった。

「ちょっと有田さん、笑い過ぎですよ」

「ごめんごめん、でも、ふ、ふはっ、あはははははは」

「もう……」

「いやあでも、笑うっしょ。隣の痴話喧嘩に巻き込まれて、びしょ濡れになるってさ」

「笑い事じゃあないんですよ。大変だったんですからね」

 眉を顰める白山には悪いけれど、あまりにも状況が面白すぎた。

 誰が思うだろう。

 近況を聞いたら、「隣のカップルの痴話喧嘩に巻き込まれて、びしょ濡れになりました」なんて。

 想像したらちょっと、いやかなり可笑しくて笑ってしまったのだ。

 女が男に水をかけるなんて状況だけでも、「うわ、本当にそんなことあるのかよ!」って思って面白いのに、女のコントロールが悪くて、男よりも隣の席の人間にたくさん水がかかっちゃうなんて。

 よく出来たコントだと思う。

「けど、真っ白なワンピースとかTシャツとかじゃなくて良かったねぇ」

「本当ですよ。あと、まだ夏場で助かりましたよね」

「冬だったら死んでたね」

「まったくです」

「それにしても、その男は何をしたんだろうね?」

「さあ……。ホットケーキに夢中だったので、隣の会話聞いてませんでした」

 今も白山は、目の前の葡萄パフェに夢中だ。

 デラウェアを山盛りスプーンに盛ることに必死になっている。

「白山、そゆとこあるよねー」

 観察するときはめっちゃするのに、しないときは、マジで結界張ってんのかってレベルで周りの状況見ないし聞かないもんね。

「おおかた、浮気したか、借りた金を返す素振りが無いか、そのへんじゃないですかね」

 パフェスプーンにはそんなに盛れないだろうに、懸命に山を築こうとしているのが可愛らしい。

「そらそうだろうけど、もっと面白い可能性ないかな」

「例えば」

「宇宙人を匿ってるとか」

「宇宙人を匿ってるくらいで、水ぶっかける喧嘩しないで欲しいです」

「わかんないよ、トンデモ宇宙人かも知れないし」

「それならそれで、水かける程度で終わっちゃダメでしょ」

「それもそうだ」

 限界まで盛ったところで、やっと白山はそれらをぱくりと口の中へ。

 満足いく味だったのか、目を細めてうっとりとした表情になる。

 可愛いね。

「ねえ、白山」

 その可愛い顔を見たら、ふと聞きたくなった。

「何ですか」

「もし、もしだよ。あり得ないことだと思うんだけど」

「前置きはいいんで、さっさと言って下さい」

「もし、僕が浮気とかしたら、白山は僕に水ぶっかける?」

 とろりと溶けた顔が、一瞬で、ヒュッと凍てつく。

「……水ぶっかける程度で済むと思ってるとしたら、腹立ちますね」

 静かな声に、微かな苛立ち。

 ぞくぞくする。

「いいね、白山」

 『人間』に執着しない彼女が垣間見せたそれに、僕は思わず笑ってしまう。

「その顔、めっちゃいい♡」

「……その返しはどうなんですかね」

 だって、滅多に見せない執着を、僕には見せるから。

 なんて言えず、僕は「それよりひと口パフェちょーだい」と言ってみた。

 彼女は「自分から振っておいて」と文句を言いながらも、ひとさじ掬って、僕の前に差し出した。


 END.


 こちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139557340732270)で被害甚大だった方。

 こちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139556104346512)の二人。

 今回の喫茶店は別の喫茶店。

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