第253話 こちらも良い観察対象です、なんて(百合。先輩×後輩)

「ハーク。何見てんの?」

 焦げ茶をベースとしたレトロな喫茶店。

 ふかふかした緑色のソファに腰かけて向かい合う。

 可愛い恋人とのデートでそれって、何てムードがあるんでしょって話だけど。今の僕たちにはそんな気配はみじんもない。

 僕の目の前で、可愛い恋人は横目でずっと別の席を注視している。

「……あの二人です」

 白山が、相手に悟られないように視線だけでそちらを指した。

 僕も目立たぬよう、そろりと横の方へ視線を向ける。

 机を二組分空けた向こう側。

 恐らく、高校生くらいの少女たちが向かい合って座っている。

 一人は悲壮な顔つきで、もう一人はその彼女を慰めるような優しい微笑。

 悩み相談をしているのだろうか。

 声はぼそぼそと小さく、こちらまでは届かない。

「あの二人、危ういですね」

 白山が言った。ごくごく小さな声で。

 顔を寄せてやっと聞こえるくらいの音量。

「危ういって? あの相談事の雰囲気が?」

 僕も、同じくらいの音量で応える。

「それもありますけど」

 白山は、唇に指を添えると、

「どちらかと言えば、あの二人の関係が、です。相談している方のメンタルがやばめで壊れるというよりも、乗っている方のメンタルがゆえに壊れる感じがしますね」

 まるで観察結果を報告するように淡々と言った。

「ふーん? 笑顔で余裕そうに見えるのは演技ってこと?」

「いえいえ。笑顔だから、です」

 どゆこと? というように白山を見れば、白山はニヤッと笑ってみせた。

「店入ってからずっと観察してたんですけどね。彼女の笑みはアレです。相手を慈しむ目に近いようで、どっちかと言えば『目の前の相手が困っているところを慈しみたい』目なんです。つまり」

「目の前の友人が困っているところが見たい?」

「それです」

 そういうのって、結局相手にもバレて別れちゃうんですよねぇ。

 歌うように言う白山は、何処か面白そうだ。

「そんな話が自分の近くで進行してたら、とばっちりを受けそうで嫌ですけど。観察する分には面白いなって思っちゃうんですよね」

「白山ってそういうとこ性格悪いよね」

「有田さんに言われたくないんですけど」

 有田さんだって、面白がる方でしょうと言われ、一応考えてみる。

 うん。

「まあね」

 対岸でのことなら確かに見てたいわ、と結論が出た。

「ほら」

 可笑しそうに白山が笑う。

「けど」

 そんな彼女の笑顔が可愛いな、と思いつつ、頬に手を伸ばした。

「今は、こっちを見てほしいかな」

 まだ少女の丸みを残した頬を、するりと撫でる。

「寂しいじゃない?」

「……よくこんな性格悪いのを愛でようと思いますね」

「そりゃ、僕も性格悪いからね?」

 お互い様じゃない? と言えば、何か使い方違くないですかと返って来た。

「何でもいいよ。ハクがこっちを見てくれるなら」

「いやに熱烈ですね……」

 白山はため息を吐いて、

「わかりました。今日の性格悪げなもの観察は、有田さんにします」

 言った。その頬は少し朱い。

「誰に対しても失礼な子だよねぇ、ハクは」

 可愛くないことを言う可愛い子に、僕は後でめいっぱいキスを贈ろうと決めた。

 僕たちの間で、いつの間にか珈琲が冷めている。


 END.


 こちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139555998908855)の二人をはたから見ると。

 今回の話の二人はこちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139554490833787)の。

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