第267話 倖せなあなたを見るという至福(文房具大好きアイドル)

「はわわわ……」

 私は、目の前に広がるペンの山に思わず感嘆の声を漏らした。

 感嘆の声。

 近ごろ知った言葉だけど、こういうときに使うんだなって身体が思った感じ。

 ペンたちが、よく見るブランドのものから、あまり見かけないけど綺麗な発色のブランドのものまで、ずらりと一挙に並ぶ様は圧巻。

 いつだってこのコーナーは感動を覚えるけど、この店は特に。

 特に、こう、このずらり感が違う。

「あ、下の方まで!」

 下にも、しゃらららんと可愛いペン類が並んでいる。

 インクがマーブル状のやつとか。キラキラしたやつとか。

 変わり種が置いてあるようだ。

(いいなあ、この店、当たりだ!)

 私は、端から端まで買いたくなるのを堪えながら、早速物色する。

 撮影の合間。十分間だけの自由時間。

 ここで、すべてが決まる。

(あ~~~~歓声を上げたい!)

 けど、上げない。

 上げたら単なるヤバい人だし、アイドル・咲希さきだってバレちゃうから。それはダメ、絶対!

(ファンには夢を見て貰わなきゃ)

 キラキラしたアイドルは、いつだってにっこにこで、楽しげで、何かいいなあって存在じゃないと。

 間違っても、文房具屋で発狂しかかっているところなんて、見たくないだろうし。

(キラキラっていうより、ギラギラビッカー! って感じだもんね)

 それは何かちょっと違う。はず。

(どうしよ、どうしよっかな~)

 変わり種は、絶対買うでしょ。

 全種類買いたいけど、ここは色を厳選して買おう。

 青と緑とピンクと黄色と……やだ、このオレンジ可愛い。金と銀もいいなあ。

(あ~~~~~~~もう、全部買っちゃおうかな~~~~~~~)

 金ならあるんや! というこの間読んだ漫画の科白が脳裏を過ぎった。

(文房具、大好き~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!)

 文房具屋の中心で、愛を(心の中だけで)叫ぶ。

 ……元の映画(いや、ドラマだっけ?)は、知らないけど。マネージャーがたまに言ってるから真似してるだけだけど。

 上手いこと言ったタイトルだなって、毎度思う。


 *


「ペン売り場で震えてるのって、アイドルの咲希ちゃんですかね?」

「あー。そういや今日、このモール自体に撮影入るって聞いたわ。しかし、アイドルはマスクしてても華やぎが違うね」

「本当、可愛いですよね。それにキャラクターじゃなく、本当に文房具好きなんですねぇ」

「嬉しいよなあ、ああいう姿見るの」

「ね。ほら、ファンの子も、遠くから倖せそうな顔で見守ってます」

「いいよなあ。至福の時間を邪魔しないなんて。いい関係性築いてるよな」

「素敵ですよね~」


 倖せなあなたを見ている時間も倖せ。


 END.


 アイドルちゃんはこちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816452221402604843)の。

 そして文房具店はこちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139556676430942)の。


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