第50話 愛が重いアイドル(ファン視点)


「えっ、じゃあ咲希さきちゃん、恋愛感情無いの?」

 MCが、驚いたような顔で言った。

 画面越しにそれを見て、僕はごくりと咽喉を鳴らした。

 今、人気急上昇中のRing-Dongは、女の子三人で結成されたアイドルグループで、僕の最推しだ。

 基本的に箱推しだけれど、中でも、咲希ちゃんが僕の最推し中の最推し、咲希ちゃんしか勝たんのだ。

 ウェーブがかったミディアムヘアに、くるんとしたリスみたいな眼が可愛らしい。

「無いですねー。さっぱりわからないです」

 咲希ちゃんが、恋愛感情の無いいわゆるアロマンティック(媒体によってはAセクとも発言しているから、恋愛も性愛も無いのだと思う)であることはファンの中では公認のことだが、それ以外ではあまり知られていない。

 だから、こういう場面を見るとハラハラしてしまう。

 何か嫌なことを言われてしまうんじゃないかって。

 咲希ちゃん自身は、いつもあっけらかんと話しているけれど。

「それって、どんな感じなの?」

 MCが問う。

 ふむ、のっけから否定しない。これは好感度が上がる。

「んんー……。あ、私めっちゃ文房具大好きなんですけどね」

「知ってる。咲希ちゃんのインスタ、文房具の写真ばっかりだもんね」

「えへへ」

「俺も文房具好きだから、ちょくちょく見てんのよ」

「あ、そうなんですか! 嬉しい! いいですよね! 文房具」

「いつまででも見てられる」

 いいよね、文房具。僕も好き。

「わかります。……けど、もし文房具が話せるようになったとしてですよ? 告られたらどうします? 結婚してくれって」

「え、お断りする」

「ですよね。文房具は大好きでも、無理ですよね。恋愛感情持てませんよね」

「たまーに『結婚する』って即答する人いるけどね」

 美祢ちゃんが静かに言った。寡黙な美祢ちゃんは、こういう番組でも黙っていることが多く、自ら発言するのは珍しい。この番組は良い番組かも知れない。美祢ちゃんの真っ直ぐで長い黒髪が、今日も艶々しているのを見ながら思った。

「そういう人は、そういう人。それはそれで、素敵だと思う。けど、まあ、私も無理なんでお断りします。大好きですけど」

「あ、そういうこと?」

 ! MC! わかってくれたようだ。好感度がさらに上がる。

「そんな感じです。あくまで、私は、ですけど。他の人は、ちょっとわからないです」

「なるほどねー。けど、アイドルなんて恋愛ソング歌いまくりじゃん? 特に咲希ちゃんはめっちゃ感情入れて歌っているように思うけど……」

「この子の感情の入れ方、気持ち悪いレベルですからね」

あやちゃん酷い!」

 礼ちゃんのツッコミは、通常運転だ。酷い、と咲希ちゃんが言って、礼ちゃんの切り揃えられた短い髪をツンツン引っ張る。それをうるさそうにしながらも、決して払いのけない礼ちゃん。今日もRing-Dongは可愛くて平和だ。

「でも、共感は出来ないんだよね?」

「出来ないです。だから、別の感情に置き換えて考えるとか……ファンの人のことを考えて歌いなさいってトレーナーさんには言われてます」

「置き換える?」

「例えば、失恋ソングだと、失恋の痛み自体はよくわからなくても、他の人の話を聞いて『あ、仲良かった子がいきなり転校しちゃったときの痛みと似てるのかな』『大好きだったお店が潰れて、大好きだったおばあちゃん店長さんも何処かに行っちゃったときの寂しさと似てるのかな』って考えるんです」

「人によっちゃ、命がけの恋の人もいるから、その予想の痛みより何倍も痛い想いする人もいるよって教えたり」

 礼ちゃんが言う。

「そうそう。それで『それは辛いなぁ』って思ったりして。で、『ファンの人がその痛みを味わっていて、だからこの曲が慰めになるんだよ』ってトレーナーさんに教えて貰って」

「なるほど、それでファンのことを考えて歌うと」

「凄いんですよ、この子。歌詞見ながら『みんなが辛い想いをしてるかも知れないって思ったら耐えられない』って言ってるんですよ」

「だって、最前でノリノリのお兄さんや、一生懸命手を振ってくれる女の子や……そういう子たちが、辛い思いをしてこの歌を聞いて泣いているのかと思ったら、たまらないじゃないですか」

「まあでも、人間、失恋も失恋以外でも、辛いことがあるもんだから」

「けど、私はファンの人たちには倖せでいて欲しいんですよ。笑っていて欲しいんです。だから、どうか次に恋をするときはめちゃくちゃハッピーな恋をして欲しいし、私のファンとパートナーになる人には、ファンの人を絶対に、絶対に倖せにしてあげて欲しいなって心から願ってます。ホント、いつも」

 ……咲希ちゃん!!

「え、待って、それもう親の愛やん。ちょっと重ない??」

「ね、重いですよね。この子、ファンへの愛がクソ重いんですよね」

「軽いよりはいいじゃないですか!」

「まあ、軽いよりはね。ただ、咲希ちゃんのファンを好きになった人が感じるプレッシャーが凄いよね」

「そのプレッシャーに打ち勝って、是非とも倖せにしてあげて欲しいです」

「重い……」

 ……親以外に(いや、むしろ親よりも?)僕の倖せを願う存在がいて、そしてそれは最推しで。

 僕は今、世界の誰よりも倖せなんじゃないだろうかと、気付けば画面を拝んでいた。

 今日から、この番組も推す。

 僕は心の底からそう誓い、また、いつのまにか開いていた某通販サイトで、Ring-Dongの新曲CDを注文していた(五枚目)。


 アイドルは、いいぞ!


 END.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る