第268話 完全おそろか、色チおそろか、それが問題だ(ドルオタの葛藤)
「ぐぬぬぬ……」
とあるショッピングモールの文房具屋。
色とりどりのペンや、さまざまな柄の便せん。便利そうなノートや手帳。ほかにも、色んなものが並んでいる。
それらを見るお客さんたちの顔は明るく、「これにするー?」「えー、こっちのが良くない?」なんていうキャッキャした陽キャJKの声がさらに雰囲気を華やがせる。
そんな中。
「うーんんん……」
陰キャ女子の僕は、
いや、僕本人は全然暗い気持ちなんかじゃなくって、むしろ「わはー! 推しが買ってた洋墨! 推しが立ってた場所! はー
僕は自分を客観視できるとってもえらい女子高生なので、自分がどんな顔をしていて、それが周りにどう見られているかってことを、きちんと理解している。
地味な見た目で、眼鏡の奥から睨むように洋墨を眺めては、口の中でうんうん唸っている陰キャ。
はい、鬱~。見るだに鬱~。
そんなの僕が一番よく知ってるよ!
それはさておき。
僕の目の前に並んでいるのは、洋墨壺。
藍色に、紅色。橙色、黄色。深い、黒というより夜色の洋墨に、ハッとするほど瑞々しい深緑の洋墨。
どれもこれも、まるで自然の中の色を写し取ったみたいに美しい。
(はあ~~~~~見ているだけで眼福ぅぅぅぅぅ)
この洋墨単体でも大好きなのに、
(これを、この場所で、
僕の最推し・咲希ちゃんが、ここでこれらを見て、選んで、買ったなんて!
(は~~~~~~~世界が尊い~~~~~~~~~~~)
僕は、今ここに居るだけで倖せだった。
先日放送された番組で、ここのショッピングモールが紹介された。
ゲストに来ていた咲希ちゃんも、このショッピングモールを歩き、文房具が大好きな彼女のために、この店にも番組司会者ご一行は訪れたのだ。
その際、彼女がこの洋墨……深い藍色の洋墨……を買ったところが放映された。
現に、洋墨売り場では、その藍色が一番目立つように置かれ、ご丁寧に『咲希さんご購入の洋墨!』という看板も掲げられている。
オタクならば、買うのは一択。藍色の洋墨。
と思っているのならば、ちょいと甘い。
(咲希ちゃんと同じ藍色が欲しいけど~~~~でも、でもなあ。店員さんに『うっわこのクソオタ、咲希ちゃんと同じの買ってるキッモ』とか思われたら嫌だしなあ)
悶々と、嫌な考えが脳裏を過ぎる。
(それを顔に出されたりした日には恥ずか死出来るし、あの陽キャたちに『見て見て、オタクがアイドルと同じの買ってる』『咲希ちゃんと同じになれると思ってんのかなクソウケる~』なんて陰口を叩かれた日には! マジで死ねる!)
そんなつもり無いし!
どっちかと言えば「お、推しとおそろ!」って思ってドキドキしたいだけだし!
あ、そもそもこのおそろ思考が気持ち悪いですかすみません!!
(……それに)
どっちかと言えば、僕はこの深緑の洋墨の方が気になるのだ。
気になると言うか、咲希ちゃんが買う以前から買おうかどうしようか迷っていたものだった。実は。
それなら深緑を買えばいいじゃんって話なのだが。
(でも、推しと同じものを買うからこそみたいなとこあるしな~)
悩む。
推しと同じ色を持ちたい葛藤。けれど、同じものを買えば『クソオタ、乙w』って思われそうで嫌。
では前々から悩んでいた色を買えば万事解決と思うけれど、それだと推しグッズって感じがしないし。更にもし逆張り野郎と思われたらそれもそれで……。
(……なんてね)
本当は、わかっている。
世界が、僕なんかを見ているわけないって。
自意識過剰だって。
こんなちっぽけな存在、キッモと思うレベルですら注目されないなんて、よく知ってる。
(でも、そう思って油断してると、ふと偶然向こうの目に映って嘲られるなんてこともあるわけで……)
そうなるとダメージも大きいわけで……人間、生きにくい。
(は~~~~~。推しグッズ(概念)の前にいるのに、こんなこと考えるのやめよやめよ)
さて、買うか買わざるべきかそれが問題だ。
ああ、石油王だったら、迷わず二つとも買えるのに! 自分の無力が憎い!!
バイト出来ない学生に、世界は冷たい!
「ね、色違いで買わない?」
「色違いでおそろってこと?」
「そ。私黄色にしよかな、そっちは」
「じゃあ青、いや、水色にしよっかな~」
そんなとき。
棚一つ向こうの、陽キャJKの声が聞こえて来た。
色違いで、おそろ。
すっかり忘れていたその概念が、僕の曇った思考に明るい光をパアアアアッと射した。
それだ。
僕は、スマートに
そして、
「いらっしゃいませ!」
笑顔の店員さんにそれを渡し、優雅に財布を出す。
「この洋墨、綺麗ですよね」
「はい。とっても」
いつもはキョドる店員さんの話しかけにも、余裕で応える。
何せ、僕は最推しと色違いのおそろを持っちゃってる(予定)人ですから!
「あ、その色。咲希ちゃんが藍色と最後まで迷ってた色だ」
奥から来た別の店員さんの言葉に、エッと思わず声が出てしまった。
「そ、そうなんですか」
「そうなんです。テレビではカットされちゃってましたけど。けっこう長く悩まれてましたよ」
「そ、そそ、そうなんですかぁ~」
思わぬ最推しの情報に、結局僕はいつも通りキョドった。
キョドったまま会計したので、釣り銭を盛大にまき散らかし、後ろに並んでいたJKたちに助けてもらった。
恥ずか死にそうだったけど、みんな親切で、嘲笑う人が居なかったのだけが救いだった。
帰って、改めて洋墨を見る。
部屋の電気に照らされ、洋墨は控えめに、けれど確かな深みをもって輝いて見えた。
最推しが、最後まで迷った色。
「は~~~~~~~~~」
つまり、最推しと僕は運命だったってことで。
「一生推す~~~~~~~~~~~~~~」
僕はそのたかが一つの偶然に、心の底からうち震えた。
END.
アイドル咲希ちゃんは、こちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139556709951500)の。
些細な符合ですらも楽しんでしまうの、オタクあるあるだと思っているのですがどうでしょう。
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