第266話 楽しい悩み(文房具屋さん徒然)

「んー……」

 真剣な眼差しで、そして楽しそうに、マスキングテープ売り場で悩んでいるお客さんがいる。

 わかるわかる。色んな柄があって、迷っちゃうよね。私もそう。

 私は、お客さんの横……と言っても、まあまあ離れてるけど……で、在庫チェックをしながら、心の中でうなずいた。

 文房具屋。

 興味の無い人からしたら、サッと寄ってペンだの消しゴムだのを適当に買う場所。

 けれど、大好きなひとからしたら、宝の山。

 マスキングテープに、便せん、ノート、多種多様なペン類。

 他にも包装紙などラッピング用品も多数あって。

 夢のような場所で、うんうん心ゆくまで悩む人は多い。

 また、来店した本人に興味はなくとも、文房具が好きな人宛てのプレゼントを探したり、ラッピングにこだわりたくて吟味したりする人もいるから、やっぱり悩む人は多い。

 倖せな、わくわく寄りの悩みは、見ていて楽しい。

 ショッピングモールの片隅で、私は今日も、そんな素敵な悩みをそっと見守っている。

「あの……」

「はい」

 先ほどのお客さんが、遠慮がちに声をかけて来た。

 私は、にっこり満面スマイルで返事をする。

「店員さんのおススメって……ありますか?」

 お客さんが困ったような笑顔で、マスキングテープを振り返り見ながら言った。

「どれも素敵で迷っちゃって……ちっちゃなお返しプレゼントにしたいんですけど」

「なるほど」

 どれも素敵で迷っちゃうなんて、嬉しいことを言ってくれるなあ。

 私は営業スマイルを通り越した、本当の笑顔になってしまう。

「お相手は、どのようなものがお好きですか?」

「あ、美術館とか、博物館とか巡るの大好きです」

「なるほどなるほど」

 美術館に、博物館ね。

 それなら、うってつけのがある。

「こちらなど、如何でしょう?」

「わっ、可愛い!」

 私が手に取ったのは、エジプトの神々が愛らしくデフォルメされたマスキングテープだ。

 博物館が好きということは、こういう異国文化の展示も好きなのではないかと思ったのだ。

 そうでなくても、結構売れ行きの良いシリーズだ。

「他にも、こちらとか……」

「これも可愛い!」

 あとは、鳥獣戯画シリーズも定番で外せない。

 和風デフォルメ可愛い部門第一位だ。

 ちなみに百鬼夜行もある。

「じゃあ、この三つ、下さい!」

「はい、ありがとうございます」

 迷っていたお客さんの顔が、ぱああっと明るく晴れやかになる。

 この瞬間が、とても良い。

 自分がお手伝いした探し物なら、尚更。

「ありがとうございましたー!」

 お買い上げになった商品を、大事そうに鞄にしまう姿を見ながら。今日も良い仕事をしたな、と思った。

 や、まだあと一時間くらい残ってるけど。

「お、皆川みながわちゃん、いい顔してるね」

 店長が、バックヤードから出て来て言った。

 三十代後半だというけれど、二十代後半にも見えるキリッとした美人さん。

「良いお買い物をお手伝い出来たもので」

「そりゃあ良かった」

 ニカッと店長が笑う。

「明日も、良いお客さんが来るといいね」

「まだ今日も残りありますけどね」

「あはは、そうだった」

 文房具屋。

 ただただペンや消しゴムやノートが置いているだけの店と思われがちだけど。

 素敵な悩みと出逢いが入り交じる、物語が潜んでいる場所でもあると、私はきちんと知っている。


 END.


 マスキングテープを選んでいた女性はこちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139556643904324)の海野さん。

 文房具屋さん、いいですよね。めっちゃ好きです。

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