第130話 四つ葉のクッキーを、あなたに(百合。片想い。第三者視点)


 そのカフェ・バーは、昼は喫茶店、夜はバーになる。

 今は、そのあわいの時間。

 カフェの片隅。テーブル席に参考書と問題集を広げ、紅茶を飲みながら勉強に勤しむ高校生が居た。

 彼女の名前は、一二三いろは

 このカフェ・バーのマスターである一三かずみの年の離れた従妹である。

 ……だが、今その勉学の手は止まり、頬杖をつき、カウンターの向こう側……一三をひたすら眺めていた。

 一三は、カウンターの客と話をしながら珈琲を淹れていた。

 その一挙手一投足を、一二三は舐めるように見つめている。

「はー……癒される♡」

「アンタ、ママ見てばっかじゃない。ホントに受験勉強してんの?」

 そこへジョセフィーヌ(本名:合田毅)が、水のお代わりを持ってやって来た。

 呆れ顔で、彼女と一三の間に立つ。

 一二三は、わかりやすくムッと眉を顰めた。

 ジョセフィーヌはなかなか大柄で、前に立たれるとカウンターが見えなくなるのだ。

「うるさいなー。ちゃんとしてるよ。たまに一三ちゃん見てSAN値回復してないとやってけないの」

「何なの、アンタの志望する大学は『カルナマゴスの遺言』でもテストに出すの?」

「そうね……。私にとって英語は、旧支配者を呼び出す呪文のようなものよ……」

 一二三は、身体を斜めに傾けて一三を視界に収めつつ言った。

「アンタ、今すぐ英語話者に謝んな」

「グローバル社会だってんなら、もっと日本語普及させてくれてもいいじゃない……!」

「他国の人間に、『悪魔の言語』と恐れられてる言語を押し付けんじゃないわよ」

「くっ……旧支配者に近いのは我々の方だったのか?」

「むしろ、旧支配者すら裸足で逃げてく悪食、改変の国だけどね」

 ジョセフィーヌの脳裏には、某有名な神話の神々が可愛こちゃんだったり、ゆるキャラだったりに変換された歴史が過ぎっていた。

「それはさておき、ホントに勉強進んでんの?」

「進んでますー。舐めないで下さいー」

 一二三は、ノートをシャーペンの先でトントンと叩く。

「こちとら、税理士になるの目指してがんばってるんだから、こんなところで蹴躓けつまずいてられないっての」

「けっこう、大きく出るじゃない」

 ジョセフィーヌが、ピュゥと口笛を吹いた。

「当然。一三ちゃんが、いつも確定申告のとき大変だって言ってたから、何かお手伝い出来たらと思って」

「……ここでもママが出て来るのね」

「当然」

 一二三は、強い眼差しでジョセフィーヌを見た。

 そこには、先ほどまでの冗談の欠片は一切無く、真剣な光だけが灯っている。

「私の、一生をかけた恋だもの。未来を考えるのは当然のことでしょ」

「!」

 その光に、ジョセフィーヌは息を呑んだ。

「一三ちゃんを、ずっと支えていけるような大人の女になりたいの」

 あまりに真っ直ぐで。迷いが無くて。

 ……彼女と同じ歳だった頃の自分には、まったく無かったもので。

「……ま、せいぜいがんばんなさいよ」

「大きなお世話」

 ジョセフィーヌは、背を向けてカウンターへ戻った。

「眩しくって、やんなるわ」

 口の中だけで、そう呟く。

 羨ましい、なんて、口が裂けても言えない。

 流石にそこは、大人のプライドが邪魔をした。

 あの眩しさが自分にもあれば、とは、思わないようにする。

 だって、過去は変えられない。

 それならせめて。

「ママ、クッキー、余ってたわよね?」

「ええ」

「あの子にあげてもいい?」

「……いいわよ。ありがと」

 背伸びする子どもを応援する、恰好良い大人でいたい。

 ジョセフィーヌは、彼女が気に入っている小皿を取り出し、そこへクッキーを四葉の形に盛り付けた。

 小さなエールを、贈るつもりで。


 END.




こちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816452220504574573 )の面々でした。

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