百花繚乱~一日一作短編集~
飛鳥井 作太
第1話 プロポーズは薔薇と(百合。付き合ってない)
とある喫茶店にて。
「
カウンターから身を乗り出して、彼女は言った。ポニーテイルが、元気に跳ねた。
「あーそうねぇ。
バーカウンターの中で、女店主が答えた。セミロングの髪が、さらりと揺れる。
「ちょっと、それ、十年前も言ったじゃん!」
「言ったねぇ。よく憶えてるねぇ。えらいえらい」
「茶化さないで!」
一二三が、バンバンッとカウンターを叩き、文句を言う。
一三はグラスを拭き拭き、何処吹く風でそれを流す。
「せっかく十年待って、花束まで買って、プロポーズしに来たってのに、それは無いんじゃない?」
ばさっと乱暴に置かれた薔薇は、真っ赤な十本の薔薇。
「そうだけどねぇ……」
あんまりにもお定まりすぎやしないか、と思ったが、一三は黙っていた。
「アンタ、今いくつよ」
「知ってるでしょ、十七よ」
一二三が答えた。
「十七のガキ相手じゃァねぇ」
一三は、十近く離れた従妹を見てため息を吐く。
「ガキじゃないし。もう法的には結婚できる歳だし!」
「それでもよ」
一三の手が伸び、
「あだっ」
容赦なく、一二三の額にでこピンを見舞った。
「それくらいの歳の人間は、ころころ気持ちが変わるもんよ」
一三は、ニヤリと口の端を上げる。
「そんな天気雨みたいな恋に、大人は付き合ってらんないの」
「ぐぬぬぬ……」
一二三はしばらく唸り、一三を睨みつけていたが。
「わかった! また十年待てばいいんでしょ、十年待てば! 次こそは、逃げらんないんだからね!」
そう啖呵を切ると、乱暴に扉を開け放って店を出て行った。
午後六時から、この喫茶店はバーへと変わる。その前に帰ることは、一三との約束でもある。
「はいはい。気長に待ってるわ~」
こういうときでも律儀にその約束を守る彼女が、愛おしい。
「アンタの従妹ちゃん、本当に十年後に来たわねぇ」
店員その一のジョセフィーヌ(本名:合田毅)が、ぴゅうと口笛を吹いた。
一三の同級生であり、中学からの腐れ縁でもある彼女は、もちろんのこと一二三のことを知っている。
「それでまた十年待てだなんて、ママもいじわるよねぇ」
店員その二のカトリーヌ(本名:鹿取慎也)が、頬に手を添えてため息を吐く。
カトリーヌはジョセフィーヌの従弟で、ジョセフィーヌに紹介されてこの店に来た。
店員二人にオネエがいるのは、計画したわけではなく、ただの偶然、ただの縁である。
「うるさいわよ」
あとママって言うな、マスターと呼べ。一三が、カトリーヌを睨む。
「……本気になったら痛い目見るのはこっちなのよ。これくらい、いいでしょ」
ふん、と鼻を鳴らす一三。
「ママ……」
「十年後、一二三ちゃんが来なくっても、アタシたちはアンタをちゃんと支えてるからね!」
「
「うるっさい、早くバーの準備なさいよ!」
一三が吼えると、二人は怖い怖いと笑いながら、バックヤードや看板の電気を点けに行く。
「ったく」
一三は、そっとカウンターに置き去りにされた花束を手に取った。
きっと、一二三が一生懸命バイトしたお金で手に入れたのだろう。
「……イイ女になりなさいよ」
そう言って、密やかに笑った。その笑みはどこか、寂しげで、そして嬉しそうだった。
END.
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