第2話 飴玉(女子高生・やや百合)

 祥世さちよが、飴玉を放り込む。それを見て、

「それ、なに味?」

 思わず聞いた。

「ん? 柚子」

 やっぱり。柑橘系の香りがふわっと広がった瞬間、そうじゃないかと思ったんだ。

「いいな、私にもちょーだい」

 手のひらを差し出し言った。

 放課後の教室。

 私と祥世以外、誰もいない。

 部屋は夕暮れ色で、喧騒は遠く、世界から二人だけが取り残されたみたい。

 机の上には、さっきまで二人で読んでいた雑誌。本日は、焼き菓子の美味しいお店特集。

「いいけど……」

「やた!」

 祥世は、がさがさと袋を漁ってから。

「ごめん、もうグレープルーツ味しか残ってないわ」

 肩を竦めた。

 大人っぽくて、切れ長の瞳が美しい祥世は、そういう仕種が良く似合う。ショートヘアの髪が、さら、と揺れた。

「ええ~」

 確かめる? と言って、祥世は、袋の中身をざらざらと机の上にぶちまけた。

「リンコって、グレープフルーツだめだっけ?」

「だめ~。苦くてちょっと苦手」

 外で出されたら食べるけど、と言えば、えらいじゃん、と祥世が笑う。

 笑うと、目元がくしゃっとなるのが可愛いところ。

「じゃ、諦めな」

「ええー!」

「ええーって言われてもね」

「だってぇ、口の中がもう柚子なんだもん」

 唇を尖らせて言った。

「何だそりゃ」

 出した飴を、さっさと袋の中にしまいながら、祥世が言う。

「柚子の匂いかいだら、柚子の味が食べたくなっちゃったの」

「そういうもん?」

「そういうもん!」

 本当に無いのかな……。

 未練がましく、まだ祥世が片付けていない、机の上に残っている飴を一つずつ確認していく。

 どれもこれも黄色い袋だから、一瞬期待してしまう。

「これか! いや……ちがうな……」

 そんな私を、祥世は呆れ顔で見つめていたけれど。

「リンコ」

「んー?」

「……ラスいちの、あげよっか?」

「なんだ、あったんじゃん! もらう!」

「ん」

 即答した途端。

 祥世の手が伸びて来た。

 右頬に、ひたりと添えられ。

「え?」

 顔に影がかかる。ふわっと柚子の香り。

「さ──……」

 綺麗な、綺麗な祥世の顔が近付いて、視界いっぱいに広がって。

 吐息が重なり、唇が……。


 ぷっ


 思わず目を閉じかけたとき。

 祥世の笑う声がした。

「なーに、顔朱くしてんだよ」

 ジョーダンだよ、ジョーダン!

 笑いながら離れて行く祥世に、私は、

「は……」

 呆けた声を出したあと。

「もー!! びっくりさせないでよ!」

 つい、叫ぶように言ってしまった。

「口移しで飴をって、少女漫画かっての!」

 にゃははははは、と祥世が可笑しそうに笑う。

「祥世、顔キレーだから、同じ女でもドキドキしちゃうんだって!」

 顔に、ぶわっと熱が昇る。パタパタと急いで風を送る。なかなか熱は引かなかった。

「……ふぅん?」

 祥世は、頬杖をついてそんな私を見つめながら、

「嫌ではないの?」

 と聞いた。

「え、そりゃ嫌なわけないじゃん」

 変なことを聞くやつだ。

「友だちだし」

「……そ」

 背もたれに、ぐーっともたれて、祥世が微笑んだ。

「なら、またからかおーっと」

「それとこれとは話が別!」

 私は慌てて言った。

「もー」

 顔を、あおぐ。

 まだまだ、熱は引きそうになかった。


 END.

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