第14話 横領、借金
そんなある日、思いがけない事が起こった。拓哉がお店のお金を横領したという事実が判明したのだ。正に寝耳に水とはこういう事だと思った。拓哉は詳しい事情をあまり話してはくれなかった。
拓哉の勤める会社の代表取締役社長が遠く離れた我が家までわざわざ足を運んで下さり事の経緯を話して下さった。とても落ち着いて温厚な感じの方だった。さすが一代で大手スーパーになるまで頑張って来られただけある。裸一貫で大変な苦労をされた事が話の中から伺えた。そういった社長の経緯を笑顔で穏やかに暫く話された。
だが本題に入ると急に顔つきも変わり厳しい表情で義父に向かって「今回、息子さんが1年以上前から帳簿をごまかして約1千万円近くのお金を横領していた」と話された。「この事は会社としても許される事ではなく警察に連絡しようと思う」と言われた。私はそれでなくても社長の訪問に緊張していたが話の内容を聞き目の前が真っ白になり座っているのも辛かった。訳が分からないといった方が正解かもしれない。一緒に話を聞いていた義父も大変驚き言葉を失っていた。暫く沈黙が続いていたと思うがやがて義父は「息子が大変ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。しかし、息子には妻も子供もいます。妻や子供には何の責任もありません。横領したお金はどんな事をしてもお返ししますのでどうか警察沙汰にする事だけはご勘弁ください」と深く頭を下げていた。私も同じように頭を下げた。そして義父はこうも付け加えた。「息子がやった事は許される事ではありません。しかしこんな額になるまで会社が気付かなかった事は会社の管理にも問題があるのではありませんか?」と。
最近では経理などの事務処理は全てコンピューターで管理されているがこの頃はまだ殆んどの会社にパソコンが普及しておらず手書きの帳簿だったのだ。手書きの帳簿を何とかごまかしていたようだ。後から見たら簡単にわかるような幼稚な操作だったようだ。
社長は「今まで共に会社の為に頑張ってきてくれて私も山下君には大変期待していただけに非常に残念だ。こんなに可愛い奥さんと子供さんがいらっしゃるのに。そして私も子供を持つ親なのでお父さんの気持ちは痛いほど分かります。警察沙汰にはしないようにしましょう。只、今回の事は決して許されない行為です。それなりの償いはしっかりして頂き、もう二度とこの様な事が無いように」と穏便に済ませて下さった。
拓哉には多額の返済が残りあんなに頑張っていた職をも失ったのだった。拓哉から次期社長となる社長のご子息と近々東京に研修に行く事になったと聞かされたばかりだった。拓哉は期待されているにも関わらず沢山の人達を裏切る形になった。
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