私は男運が悪い
『
私は昔から運が悪いらしい…………。
私の家は、代々神を祀る神社を護る神職の家系であったのだが、ある時を境にして神に仕える巫女達が仕えていた神の力が突然失われた事により、衰退の道を辿っていった。
元々この神社の神様は豊穣の神と信仰され、人々は毎日手を合わせて参拝していたのだけれども、それも年を重ねるにつれ減っていく一方だったそうだ。そしてとうとう人々が手を合わせる事がなくなってしまった頃、神は人々の中から完全に忘れ去られてしまい、ただの力を失った小さな社だけとなってしまった。
しかし、そんな事になってしまったにもかかわらず、それでもまだこの社は人々の願いを聞き届け、時には奇跡のような力を振るっていたような気がする――と幼い頃に母が教えてくれた事がある。でもそれが何故だか思い出せずにいるので多分子供の頃の事なのだと思う。
そしてある日を境にして、今まで起こっていた不思議な出来事はぷっつりと消え失せ、それまで普通に通っていた学校に行けなくなってしまい、更には両親からも勘当を言い渡されてしまう事になったのであった。
ただ唯一残された家族は父方母方の両方の祖父母から貰ったお守りのみを持って家を追い出されてしまったのだけど、不思議とお腹は空かないし喉も乾かないし寒くもないといった具合なので困る事はなかった。直哉は本当に私のことが好きなんだろうか。私の女としての体の部分にしか興味がないのではないか。私の心は男性であると何度言っても聞き入れてくれない。
「だってお前はどう見ても女じゃん。生理もあるし」
私達には血の繋がった兄弟がいる。双子の兄だ。私が物心をついた時からずっと同じ顔、同じ声で話しかけてきたり遊んでくれたりしたものだ。でもそれは全部兄の作った作り物で本当の姿じゃなかった。
本当は私は女だし体は小さいし子供を産む器官なんかも備わっていないんだって何度も説明しているというのに、
「俺の可愛い女の子。今日もとっても綺麗だよ」
もう、うんざりだ。私は小さな祠に向かった。そこにミニチュアサイズの鳥居と狛犬が祀ってある。
「神様、お願い。私の身体を男に変えてください。それが無理なら。カラダだけじゃなく心も女の子にしてください。」
するとどこからか声が響いてきた。
『それは出来ない』
え、どういうこと?
「何が、ダメなんですの?」
『君はもう元に戻ることは出来ないし。君自身戻ることも拒んでいる。君の魂は既に性別を決定づけてしまっているしその体からは変えることはできない。』
そっか。私は既に諦めてしまっていたのだなあ。
でもやっぱり悔しいなあ。
「でも体は女のままで心だけ男っておかしいじゃないですか。身体がダメなら心を女に変えてください」
すると再び声が聞こえた。
『それもまたできない』
「なぜです!」
『なぜなら。人の心を変えることは神であろうと許されないからだ。』
そしてそれっきり何も言ってくれなくなった。
それから私は神社に足を運ぶ事をやめて自分の家でぼんやりと過ごすようになっていた。
しかし、そうしている間にも月日は過ぎていってしまい。いつの間にか中学生になった頃のある晩の事だった――。布団の中にいるはずの私の背中に突然暖かい物が触れた。それはまるで母のような、父のような暖かさだった。
ああ、とうとう来るべき時が来たのだと直感的に理解してしまったので私は覚悟を決めた。しかし、いつまでも経とうとも一向に私に襲いかかる痛みはこなくて。代わりにとても懐かしくて安心する感覚が全身を包み込んだのであった。そこで私の記憶は完全に途絶え、幼馴染の
「痛いってば!」
私は自称白馬の王子を払いのけた。
「痛っ」
「シンデレラじゃあるまいし、つか、あたしの部屋に何でいるのよ?」
すると彼は頬についた紅葉の跡をさすりながら嘆いた。
「つれないなあ、わしじゃよ。祈りに来てくれたじゃろう?」
彼の口調の変化で私はすべてを悟った。そして顔面蒼白茫然自失した。
豊穣の神が言うには信仰の衰退は時代の変化で避けられない運命にあった。しかし無神論がはびこると神は精神的支柱の役目を失ってしまう。人々を護るためには崇拝されエネルギーを得る必要がある。つまり、人々の信仰心さえ戻ればよい。だから、神に一番近くてもっとも愛していた女性、それが私の両親と父方の祖父母だと言う。豊穣の神様と縁を結ぶために神職に就いていたのだというのだけれど……
母が私を産むころ直哉も誕生した。それから世界が少しずつ変わっていった。性別が曖昧な人々が権利を主張しはじめ法律も社会の制度も適応進化した。そしてますます人々は神の前で結婚の誓いをしなくなり、それを不道徳と見做す者たちは信仰を欲した。神様は直哉を幼馴染として遣わし、男女に生まれた私を矯正する世界線を過ごした。直哉の受験失敗も私の退学もすべて仕組まれていた。
そんな事は初耳もいいところであるし全く信じたくないのに!
私は神様と縁を結んだ代償として、神と交信できる巫女の力と、異性と交わっても妊娠しない身体を手に入れてしまったらしい――しかもこの肉体は、一度きりの人生しか生きられないと宣告されたのでした。不妊を気遣ってご近所の主婦はチヤホヤしてくれる。何人かは入信してくれた。おばさんの口コミは信者を呼び小さな祠も寄進で建てた。地域の信仰心は少しずつ息を吹き返している。
一種のハーレムっちゃハーレムだ。そんなわけで直哉は好きになれない。男は嫌いだ。
こうして。本当の意味で男の体になってしまった私は今現在、女の子に囲まれる生活を送っている。
しかしそれは表面上だけであって内心ではいつも、思う。
(どうして男の子に産まれなかったんだろ)
やっぱり私は男運が悪い。
水科有紀は男運が悪い 水原麻以 @maimizuhara
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