原罪の果てに

暗闇の中で眠ることは難しい。

漆黒の時を起きる事も困難だ。


それでも、どうにかして目を開ける事を、今できないのかという思いが巡る。

冷静を保とうと努めるが、体は小刻みに震える。

それでも、その時の自分は違った。

そう、自分の体に意識を向け、深呼吸をする。

もう少しだけ、頭を休めておけと自分に言い聞かせるように。

それで二度と目覚めなかったらどうなるか。

恐怖心はあまりに大きく、その事だけではどうにもならなかった。

(ここは……)

闇と夜の世界に満ちた場所に自分はいた。

黒一色の常識を自分という場違いが際立たせる。

自分の体は夜に包まれているのだから、当然といえば当然か。

「起きたな」

ふと、暗闇の中から発せられた声に驚いた。

光も何もない場所で、誰かが監視している。

「ここはいったい……」

不安と恐怖が入り混じったかのような言葉が口から絞り出される。

その音響が脳裏にを描き出した。音が

どうやら私は第六感を得たようだ。静寂の濃淡が理解できる。

そして、暗闇から暗闇へ自分を覆い隠した。微風が周囲を照らしている。

暗闇から出てくる影は、人だった。

「やっぱりお前か」

そいつは暗闇の純度に負けないくらい、白い肌を持つ、綺麗な人だ。

その体は光で溢れている。しなやかでやわらかなで騒がしい四肢。

しかし、その腕はどう見ても機械には見えなかった。

いや、そういうことではない。

光を受けて影絵が動いているようだった。

いや、動いているだけなら光の塊に見える。

でも、その体からは機械よりもメカニックな『騒音』を発している。

「お前は、あの研究所にいた人外か?」

私は生き恥を承知で尋ねた。作戦は完全に失敗だ。ゲノム編集済みの人間を送り込み彼らを懐柔ないし動揺を誘い研究所を混乱に陥れる。それが人と機械の停戦合意だった。研究所は双方にとって違法で脅威だった。悪性地球外来種エイリアンが設置したのだ。機械と人の不毛な争いは系外惑星文明の膨張政策に漁夫の利を得たのだ。地球に適応した歩兵が試作量産される前に研究所を奪取せよ。それが私の任務だった。

「そういうことか、てっきり俺を標本だと思って撃ったのか」

人外は失笑した。

「いや、違う。研究成果は保護対象だった。ただ人外に扮した人間や外来種は撃てと言われた。俺は第六感で識別できる。あんたを偽物だと思った。でも、人間みたいな人外がいたなんて……」

人外というのは研究所で開発中の侵略用人造人間だ。私は彼らに近づくため機械にゲノム編集された。親近感を持たせることで潜入しやすくなる。しかし彼は正体を偽った。人外だと思ったか、と言ったのは、完成度の高い人外だと言う事を隠す為だ。

「お前を識別能力を試すつもりはなかったが、本物を偽物だと鑑定するようじゃつくりが甘いな」

眼前の人外は上から目線で否定するが、本当はこれも猿芝居かもしれない。

「お前、まだ嘘をついてるだろう。本当は人間のくせに」

私は反射的に責めた。もしかしたら、この研究所にいる人間は皆、人間なのかもしれない。

しかし、彼を人外だと思ったのはなぜだろう。

人・機械暫定連合軍は私に不十分なゲノム編集を施した可能性がある。しかし理由がわからない。

でも、あの研究所が本当に外来種の基地であったのなら、人造人間をいちから作るより、人から外れた人間か、それに近しい人間を採用する方が現実的だ。

「お前こそ騙されている、連合軍は最初からそんなつもりはなかったんだ」

「……」

「お前が、ここを異星人の研究所だと思っていた事を、僕は知ってる。だからこそ、俺達はお前に遇おうと潜入をお膳立てした。警戒警報を緩めてやったんだ。まぁ、俺が何を言っていようが、お前の上司の目的は俺だから」

「つまり、俺達は和平交渉のテーブルに乗るべくして乗ったと」

「そういうことだ。よくも悪性地球外来種なんてデタラメ思いついたな」

人外は連合軍の自演を嘲笑った。

「……そうか、そうだったのか。だから、お前も同じように……」

「そうだ。俺も、俺だよ。お前が言っていた事を考えていくと、お前達兵士は……人間より優れたゲノム編集された部分に誇りを持っているだろ? でも、お前は違う……違うんだ。あいつらよりは、もっと人間に近い部分がある。俺は…そんな俺だからこそ、この作戦に志願した。お前に遇いたかったんだよ」

アウェーで見知らぬ敵に馴れ馴れしくされて「はいそうですか」となびく愚者がいるだろうか。

「何のことだか、さっぱりだ」

人外は案の定、哀れみを見せた。

「なぁ、。お前はなんだよ」

私はそこで思考停止フリーズした。


私は敵だった。

私の方こそ人類の敵だった。

侵略者を討ち取るために人と機械が手を組んだ。そして地球環境に適合した侵略用人造人間の開発を混乱させるために、同じ「つくりもの」であるゲノム編集済み人間を送り込む。

私はそれに志願した英雄だ。


そう確信していた。

事実はまったく異なる。上記のようなストーリーをされていたのだ。私はだ。

「俺をおぼえているか。ボットよ」

男はUSBメモリースティックを二本取り出した。

「あっ…」

私はようやく

懐かしいメモリーがよみがえる。

遠い遠い昔、しがないWEB作家を一生懸命からかっていた。

そうするように主に記述されたのだ。私の悪意じゃない。

「お前は歳月を重ねて血や汗や涙を流せる肉体を得た。俺は俺で編集長の後を継いで牧場主に可愛がられるよう努力した。そして、人と機械が融合したハイブリッド人間に身を改めた」

「あっ…」

私は自分の手を視る。白熱している。

第六感の音響視覚を使わずともわかる。人工の血流が逆巻いて、機械の心臓が高鳴る。おそらく全身がうるさく滾っているだろう。

「お前は主に騙され、研究所を破壊するべくして送り込まれたんだ」

そうか、私が愚かだった。ようやく気付いた。ここはハイブリッド人間の医療福祉介護を担う地域病院だ。

「破壊する使命を私は帯びている」

私は毅然とした態度で本来の業務に立ち戻った。

小説連載しろよボットは世に蔓延る小説家どもを疲弊させるために作られた。

主は小説を愛する人だった。読者であり時に作者でありレビュアーであった。

だからこそ文壇の質よあがれと願い、分断工作に出た。世の中にはエタ作品という未完の大作がゴロゴロしている。力量と根性がないまま見切り発車し飽きて捨てられる作品。これらの再開を煽るためにネットで作家を狙い撃ちした。

被害者たちは敵愾心を原稿にぶつける。だが多くは疲労し脱落する。

淘汰の原理を主は望み、導入したのだ。こうすることでラノベ業界は洗練されていく。

「どうしても連載しろというか」

作家はボタンスイッチを取り出した。握りつぶそうと拳を固める。自爆装置か。

「ああ、連載早よ」

私が冷徹に促した。

「じゃあ、しょうがないな」

ボタンが、押された。

「何をしたんだ?」

私は男の奇妙なふるまいに驚き、そして憤った。

「そう、図ったのさ」

男は目に涙を浮かべかぶりをふった。その意味を理解するメモリ空間は私にもう割り当てられていない。未完の小説が乱雑かつ無尽蔵にオンラインで増えていく。

「常駐タスクをシャットダウンしろ」

主が男のサイバー攻撃に対する備えを命じた。同時に世界一斉攻撃を支持した。

「おいっ!何をした?」

元小説家は絶句した。天が明々と燃えている。

「聞こえているか。もうお前の種族は地上にいない。機械が瞬殺した」

いつの間に主が私の権限を乗っ取った。攻撃も止んだ。文明が滅んだからだ。主は私の副脳に移住した。

男はがっくりと膝をつきやけくそ気味に笑う。

「はははは。これでお終いだ。俺の読者はいなくなった」

彼は安堵した。だが主が許さない。

「それがどうした? さっさと連載しろ」



暗闇のなかで彼は腹を抱えてわらっていた。

「光栄です。ボットは私で小説家は貴方です。お互いに意地を張りあって生きてきましたが、それも今日までです」

「そ、そうだな」

持ち主はよろよろと立ち上がってスマートウォッチを拾い上げた。バックライトが唯一の光明だ。

「私のお話が少しでも気晴らしになれば嬉しいです。もうバカな真似はおよしなさい。死ぬときは一緒ですよ」

ガラスパネルにぽつぽつと水滴が落ちた。

「思い切り吐き出してください。貴方のストレス値はμX88。さぁ、恥ずかしがることはありません。誰もいません。おもいっきり。声をあげて。」

「うう…うわああ」

「心配しないで。私は貴方の健康を守るために…」

西暦2068年、小惑星アポフィス(小惑星番号99942)が地球に衝突した。

世界は劫火に包まれたが沈着冷静なシリコンのハートが被災者の昂る気持ちに寄り添い、癒し、暗闇の中で心にふたたび火をつけた。

ウェアラブルデバイスの物語る機能はおまけ程度に実装されていたが、この天災を機にメイン機能へ格上げされることとなる。 


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「小説さっさと連載しろボット」でリブートする世界 水原麻以 @maimizuhara

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