第7話・もう一人の真面目(後)
「湊さん、真綿様は……高嶺の花じゃないかしら」
しばしの沈黙が流れたあと、床に膝を付け顔を伏したまま唐草は言った。
「どういうこと?」
「だから! あんまり高望みはしないで、私くらいで手を打っておいたらどうって言ってるの!」
「はぃ?」
突然顔を上げ私に近づいてきた唐草を制止するように、間に入ってくれた真綿が慌てた声を上げる。
「ちょ、待って唐草さん、あなた私のファンクラブに入ってるわよね」
「はい。むしろそのファンクラブを作ったのは私です。真綿様に憧れを持つ生徒は私以外にも大勢いますから、真綿様の学園生活に支障がないように、と」
「そうよねそうよね。それでえっと、今あなた、誰を口説いてるの?」
「……認識に相違はないかと。私が真綿様に抱いている感情は敬愛です。そして湊さんこそ……私が恋慕を抱いている女性なのです」
「っ……」
ちょっと話についていけなくなってきたので、真綿がわなわなしているうちに挙手して問う。
「二回も聞いてごめんなんだけど、どういうこと?」
「例えば……真綿様にはお靴をお舐めしたいという感情が、湊さんとはキッスがしたいという感情がある。そういった具合です」
「えー。靴舐めた後の口とキスすんのはやだなー」
「二つとも実現できる可能性があるんですか!!?!?!?」
「あるわけないでしょう! っていうか灯里は黙ってて!」
「あい」
怒られた。ので、成り行きに身を任すことにする。
「はぁ……。唐草さん、あなたが灯里をサポートしてくれているのは知ってる。でもあなたの恋慕はここで終わらせて。無理なら今後距離を置いて」
「お相手が真綿様であるなら、今更私がお付き合いできるなんて思いません。ただ傍で……見守ることは許可していただけませんか……?」
真剣な瞳で一文を言い切ると、深く、全身に力を込めて頭を下げた唐草を見て、真綿はやや考え込んだあと苦そうに返す。
「……ダメ。灯里を好きと公言した人を近づかせるわけにはいかない」
「決して! 指一本も触れないと誓いましょう! 真綿様ファンクラブ会員No.1に懸けて! なのでどうか! 今後も友人として接することをお許しください!」
「……ぐぬぬ……」
珍しく真綿が言葉に詰まっている。真面目人間は真面目人間に弱いらしい。
「ねぇ、もうこの話やめない?」
このままじゃ唐草は土下座でもしそうな勢いがあって怖かった。
「私によくしてくれる二人がいがみ合ってんの……結構きつい」
「……わかった。そうね、当事者である灯里の気持ちが一番大切だわ」
大きく、大きく深呼吸をした真綿は、今日一番の優しい声で言う。
「指一本触れないこと。灯里と今以上の関係を求めないこと。それができないなら関わらないで。散々手を貸してもらっておいて……こんな言い方してごめんなさい。でも……私は灯里が……灯里しか……」
「かしこまりました、寛大なお心に感謝いたします。私もこの気持ちを消せるよう尽力いたしますが……その、しばらくは……」
「ええ。灯里を好きになる気持ちは、私にも痛いほどわかるから」
サァ……っと、教室に吹き込んだ風にカーテンが靡いて、夕焼けのせいもありなんかいい感じの雰囲気に。
「帰りましょうか」
「あいよ」
勝者の余裕ともとれる穏やかな口調で私を促した真綿は、隣に並んで歩き始める。
「しかし……くっ……」
教室を出る寸前、聞こえたのは唐草の心底悔しそうな声。普段知性的な彼女からは想像もできないほど感情が籠もっていた。
「湊さんの超一級太ももに二度と触れないなんて……」
「アンタだったのね! 私の灯里の体に触れた不届き者は! やっぱり前言撤回! 断罪よ断罪!」
「はいはい、もう帰りますよー」
青筋を浮かべて唐草へと振り向いた真綿の手をとって――
「「おひ、お姫様抱っこ〜!?!??!?」」
――持ち上げ、抱きかかえる。
真綿の体は心配になるくらい軽いから腕力的には問題ないけど、もう脳が疲れた。これ以上二人のやりとりを見る体力はない。さっさと帰りたい。
「んもうっ灯里ちゃん大好き!」
「ん、ありがと」
「ずるい! ……まさかこの私が真綿様に妬み嫉みを抱く日が来ようとは……! いやでも真綿様を抱っこしている湊さんも羨ましい……! なんなんだこの感情は……! 脳が……脳がバグってしまう……!」
そんなわけでわちゃわちゃした放課後だったけど、頬には真綿からキスを、背中には唐草から怨嗟の念を受けつつようやく帰路についた。
なんというか……今までボンヤリ生きてきたツケが回ってきた気がする……。
「あ~か~り~ちゃんっ!」
「んー?」
「だ~い~す~きっ!」
「さっき聞いた」
「も~まだまだいっぱい言っていくから覚悟してよね!」
「はいはい……」
覚悟、か。縁遠かった言葉だけど――
「なあに? 見惚れちゃった??」
「まあね」
「えっ? ちょ、なに!? 急にデレないで!? 心臓止めるよ!?」
「脅し文句が怖すぎる」
――こいつの傍にいるために
真面目で優秀な幼馴染が優しかったのは、私を恋人にするためだったらしい。 燈外町 猶 @Toutoma
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