モフモフの登場です

なずなは館の周りの手入れをされた芝生の上に体育座りで座っていた。アルベルトに、館の周りに広がるうっそうとした森は、慣れない者が踏み込むと、二度と帰ってこられない森なので絶対に入らないようにと言われていたので、ここにいる。なずなはしくしくと泣いていた。最初はテーブルにあった奇妙な植物に驚いての涙だったが、次第に悲しみの涙になった。どうやらなずなは、この館の主人あるじに嫌われてしまったようだ。最初の出会いからして、いかくをされていた。良かったじゃないか、なずなが主人あるじに嫌われたおかげでクリスティーナは魔物と結婚しなくて済むのだ。これで良かったはずなのに、どうして涙が止まらないのだろう。なずは不意に、この世界のふみおばあちゃん。マーサに会いたくなった。なずなはメグノマリヤの屋敷では成功しなかった移動魔法を使ってみようと思った。なずなはマーサに教えられた通り、両手をかざし、心をリラックスさせた。扉よ開けと強く念じる。何も起きなかった。なずなは何もかもが嫌になった。この世界には、なずなを心配してくれる人も、仲良くしてくれる人もいなかった。なずなは寂しかった、とても孤独だった。突然、ザッザッと何者かが近づく音がした。なずなはハッとして身体を強ばらせた。館のかげから、一頭の大きな犬が現れた。


「ワンちゃん!おいで、怖くないわ」


なずなはしきりに手まねきをして犬を呼んだ。犬は注意深くなずなに近づいた。なずなは、犬を驚かせないように自身の手を犬の鼻先に近づけ、匂いを嗅がせた。犬はなずなの手をしきりにフンフンと嗅いで、ようやく安心したようだ。なずなはゆっくりと犬の頭を撫でた。犬はクゥンと甘えたように鳴いた。なずなは犬が好きだ。ずっと一人暮らしだったので、犬を飼う夢は果たせていなかったが、小さい頃ふみおばあちゃんの家にコロという雑種の白い犬がいた。その犬がきっかけで、なずなはふみおばあちゃんたちと出会う事ができたのだ。小学校の帰り道、玄関先にいるコロを毎日撫でていて、ふみおばあちゃんとも仲良くなったのだ。コロはなずなが六年生に上がる頃に死んでしまった。年齢は一六歳、犬としては大往生だろう。なずなはコロとの暖かい思い出を思い出しながら、大きな犬を撫でた。犬はこげ茶色の美しい毛並みで、瞳は紫色だった。この館の主人あるじと一緒な事に気がついた。もしかすると主人あるじの飼い犬なのかもしれない。しばらくすると執事のアルベルトが、やって来た。アルベルトはなずなを見つけて、明らかににホッとしていた。どうやら心配させてしまったらしい。突然出て行ってしまった事を謝ると、アルベルトは恐縮していた。なずなはこの大きな犬の事を質問した。するとアルベルトはギロリと怖い目を犬に向けて言った。


「ああ、これは館で飼っている狼です」

「狼?!」

「心配ご無用です、クリスティーナお嬢さま。この狼は、仔犬よりも大人しくて臆病なのです」


アルベルトのトゲのある言葉に、大きな犬改め狼は、クゥンとしょげたような鳴き声をあげた。アルベルトは、朝食を食べていないなずなを心配して、外で朝食兼昼食を召し上がってほしいと言った。アルベルトの提案の直後、なずなのお腹がグウッと鳴った。



アルベルトはなずなと狼を、館の裏手に案内した。そこには植物のツタがからんだデザインが施された鉄製のテーブルとイスがあった。さび止のために白いペンキで塗られている。そのテーブルの上にはアフタヌーンティーの用意がされていた。ケーキスタンドには、一番下はサンドイッチ、中断はパイなどの温かい料理、上段には色とりどりのスイーツが乗っていた。かたわらにはスコーンのバスケットが置かれていた。華やかなテーブルになずなは思わずキャアッと声を上げてしまった。アルベルトがイスを引いて、なずなに座るようにうながす。なずなはドレスの裾を持ってイスに座った。アルベルトが紅茶を入れてくれる。茶葉はアッサム、先ずはストレート。なずなはソーサーを持ち、ティーカップを持って紅茶の香りを嗅ぐ。心安らぐ香りだ。なずなはコーヒー党を名乗っていたが、宗旨替えしてしまいそうだ。一口飲む、美味しい。最初はアミューズ、チーズとサラミに串を刺してある。そしてスープ。緑色のスープを飲んでみると、ブロッコリーとチーズのスープだった。とても美味しい。次にケーキスタンドのいちばん下のサンドイッチを取ってみると、一口サイズになっていた。なずなはキュウリとハムのサンドイッチを食べた。キュウリがシャキシャキとして美味しかった。マナーを気にしてひたすらサンドイッチを消費しようとしていると、アルベルトが気にせず自由に食べてくれと言ってくれた。お言葉に甘えて中断のホットパイを皿に取って、ナイフで切ってみる。小さなパイの中身はどうやらミートパイのようだ。一口大に切って口に入れる、外はサクサク、中はトマトベースのあんが口の中にジュワッと広がった。美味しい。テーブルの下を見ると、狼が盛んにシッポを振っている。どうやらテーブルの上の料理が気になるようだ。こっそりとアルベルトに視線を向けると、アルベルトは大きなため息をついて、いいですよ。と言ってくれた。つまり狼に料理を食べさせていいというのだ。なずなは喜んでスモークサーモンをはさんだサンドイッチを手に取って、狼の鼻先に近づけた。狼は鋭い牙が並んでいる大きな口で、パクリとサンドイッチを食べた。どうやら美味しかったようでフンフンと鼻を鳴らした。なずなは嬉しくなって、狼に次々にサンドイッチやミートパイを食べさせた。なずなは次にバスケットに盛られたスコーンを取って二つに割った、そしてクロテッドクリームとイチゴジャムをたっぷりかける。一口食べると、サクサクのスコーンにまろやかなクロテッドクリームと甘酸っぱいイチゴジャムが相まってとっても美味しいかった。最後はスイーツ、色とりどりのマカロンに、小さなカップケーキ。カップケーキの上にはクリームが乗っていた。アルベルトが紅茶のおかわりを入れてくれる。二杯目はミルクティーにしてくれた。なずなはカップケーキを手にとってほおばった。レモンのケーキだ。レモンのさわやかな甘さが口の中に広がる。次にピンク色のマカロンを口に入れる。さっくりとした食感。ラズベリー味だ。最後の締めくくりに、チョコレートをつまむ。ダークチョコレートの苦味と甘味が心地よい。なずなはお腹いっぱいになって、満足そうにアルベルトにごちそうさまをした。狼も、なずなからデザートまで食べさせてもらい満足したようだ。



そういえば狼の名前を聞いていなかった。なずながアルベルトにたずねると、彼は一瞬シブい顔をしてから、クリスティーナお嬢さまが好きに呼んでいただいて結構です。と返ってきた。この館で飼われているのにおかしな話だと思ったが、気をとり直して狼にコロ。と、呼びかけてみる。狼はガウッと元気よく返事をした。なずなに狼の友達ができた。

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異世界で狼男の嫁になりました 城間盛平 @morihei

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