牙の生えた植物は苦手です

なずなは朝のまぶしい光で目を覚ました。ベッドのかたわらには、この館の執事アルベルトが立っていた。どうやらアルベルトが部屋のカーテンを開けてなずなを起こしたのだろう。アルベルトはいんぎんに言う。


「おはようございます、クリスティーナお嬢さま。朝の身支度をさせていただきます」


アルベルトはテキパキと金だらいにお湯をはり、なずなの洗顔の手伝いをする。洗顔の後は化粧水、乳液を手にのせられ、顔に塗る。アルベルトはなずなの横に立ち、髪に丁寧にクシを入れる。アルベルトの献身な世話に、まるで幼児に戻ったようでなずなはおもはゆくなる。髪を結い上げてもらった後、アルベルトは洋服ダンスを開け、今日はどのお召し物にしましょうか、となずなに問うた。なずなはそこでハッとした。なずながドレスを着るためには、息苦しいコルセットをしなければいけないのだ。男性のアルベルトにやってもらうのはかなり恥ずかしい。なずながもたもたしていると、アルベルトはタンスから鮮やかなオレンジ色のドレスを出した。アルベルトはなずなにその場に立つよううながした。なずなはおずおずと従う。小さくなっているなずなにアルベルトは意味のわからない事を言った。


「クリスティーナお嬢さま、大きく息を吸ってください」


なずなが言われるままに大きく息を吸うと、アルベルトがパチンッと指を鳴らした。するとそれまで緩やかに身につけていたナイトウェアに急に締め付けられた。なずなは急な苦しさに慌てて自身の服を見ると、それまでアルベルトが持っていたオレンジ色のドレスに変わっていた。アルベルトの手には、それまでなずなが着ていたナイトウェアがあった。驚いた顔のなずなにアルベルトは心配げに聞いてくる。


「クリスティーナお嬢さま、苦しくはないですか?」


なずなはいいえと首を振る。アルベルトはホッと表情を和らげてから、また厳しい顔になり言った。


「クリスティーナお嬢さま、朝食ですが広間にご用意してもよろしいでしょうか?」


アルベルトはこの館の主人あるじと共に朝食を取ってくれるかと聞いているのだ。なずなは昨日の子供じみた行動を思い出し、恥ずかしい気持ちを抑えながらうなずいた。アルベルトは見るからに安堵していた。



なずなは自室から広間に行くまでの廊下を歩きながら主人あるじと何を話そうか思案していた。思えばなずなは、この館の主人あるじに自己紹介もしていなかったのだ。今朝はちゃんと挨拶をしなければ。そう思っていた矢先、なずなはおかしな匂いに鼻をクンクンと動かした。まるで果物が腐ったような、おかしな甘い匂い。なんの匂いだろうと考えながら、アルベルトが開けるドアから広間に入った。昨日と同じ暖炉があり、立派な縦長のテーブルに純白のテーブルクロスがかけてある。だが明らかに昨日と違う事があった。テーブルの真ん中に、何やら奇妙なモノが置いてあるのだ。そして、この果物の腐ったような匂いは、どうやらこの奇妙なモノから発せられているようだ。この奇妙なモノをどう表現したらよいのだろうか。なずなの住んでいた世界に、ハエトリグサという植物がある。葉が二枚あり、その周りには棘のようなものが生えていて、ハエなどの昆虫が葉に触れると、パタンと閉じてハエを閉じ込め、消化液で溶かして養分にしてしまうのだ。見た目は、そのハエトリグサに似ている。だが大きさが全く違うのだ。葉の一枚が、まるで野球のグローブのように大きく、周りにはサメの歯のような鋭い牙がびっしりと生えていて、葉の中には、果物の腐ったような匂いの原因と思われる液体が溜まっていた。そして何より恐ろしいのが、その植物(?)はまるで動物が口を開け閉めするようにパクパクしているのだ。なずなはその奇妙な植物(?)を目の当たりにして身体が一気に硬直した。そして喉の奥から何かがせり上がってきた。


「きゃあああ!!」


悲鳴だった。なずなは回れ後ろをして、脱兎のごとく広間から逃げ出した。




館の主人あるじヴォルフハルトと執事のアルベルトは、突然悲鳴をあげて走っていってしまったクリスティーナを呆然と見送った。我にかえったのはアルベルトが先だった。アルベルトはヴォルフハルトを睨むと地を這うような声で主人あるじに声をかけた。


「ぼっちゃぁぁん」


怒髪天のアルベルトに、ヴォルフハルトはギクリとして、すかさず言い訳をする。


「何で怒るの?!アルに言われた通り、面白い花を魔界から採ってきたのに!」

「私は面白い花を採ってこいなんて言ってません!クリスティーナお嬢さまが喜ぶ花を摘んできてくださいと言ったんです。この不気味な植物は魔界に返してきてください!」

「えー、せっかく採ってきたのに。よく見ると可愛いじゃん、館の庭に植えようよ!」

「ダメです!魔界の植物を人間界に植えたら、人間界の生態系が壊れてしまいます」


ヴォルフハルトは不満げに下くちびるを突き出す。子供っぽいからやらないようにと、アルベルトはいつも口を酸っぱくして言っているのだが、中々直らないヴォルフハルトの悪い癖だ。

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