paw-41 幻の武具職人 - 01

 モンシャの予想通り、コロンは"コロコロ"に戻っていた。まだすーすーと幸せそうに寝息を立てている。

 そして彼の隣で疲れたように胸を上下させ眠っているのは――


「――え!? り、リータさん!?」


 モンシャはあまりのことに思考が追い付かずに固まっている。

 そして眠れるリータは、とモンシャの方に寝返りを打つや、彼の胸に"すりすり"を始めてしまった。まるで猫のようだ。気のせいか喉の鳴る音さえ聞こえてくる。

 すりすり。くるぐる。そして不意にモンシャの鼻先をぺろぺろ。今や完全に固まってしまったモンシャの鼻先をさんざんぱらぺろぺろすると、今度はそこを甘噛みし始める。絶妙に痛くすぐったい感触に流石のモンシャも、


「――ふぁ、ふぁ、ぶぁーっくしぇぃ!!」


 とばかりに盛大にくしゃみをしたものだから堪らない。

 直前に横を向いて直撃は避けられたものの、流石にその声で目が覚めたか、リータのうっとりと閉じていた両の瞼がぱっちりと開いてしまった。


「……ぬ、ぬし、様……?」

「――えーと、その、お、お早うございます?」


 そして折悪しく、もうこれ狙ってやってんじゃないかという程の完璧なタイミングで訪ねてくるハーシィ。


「よぉ、もう目ぇ覚めたか、モンシャ、コロン――と、聖女様!?」

「――や、やぁ、お早う、ハーシィ。随分と早かった……・かな?」

「――その、なんだ、昨夜は随分とお楽しみだった……?」


 その台詞を皆まで言わぬうちにリータの絹を裂くような美しいトーンの悲鳴と同時に気弾エア・バレットが顔面に炸裂!!

 高圧空気の直撃を顔面に受けたハーシィがとばかりに倒れ、その振動で漸くコロコロが目を覚ました。


=^ΦωΦ^= =^・×・^= =^◎ω◎^= =^・д・^= =^Φ*Φ^=


「――だからよぉ、悪かったってばよ!! そりゃお楽しみだと判ってりゃ俺だって流石に遠慮――」

 言いかけた所をリータに殺気の籠もった眼でギロリと睨み付けられ、ハーシィは盛大に冷や汗を流す。


「いや、だから、何もなかったって!! ――なかった……ですよね……リータさん?」

 取り敢えずモンシャの予備の服を纏って部屋の隅で縮こまっているリータは、と耳を立ててこちらを見た。顔がまだ赤い。

「――リータさん? 大丈夫ですか? 顔がまだ赤い――」

 彼女の額に手を当てようとするモンシャに気付き全身の毛を逆立てて後退りしたリータは、

「な、何とも御座いません。そもそも、ハーシィ、貴方が考えているような事など、何も――」

 語尾が若干トーンダウンしつつも、きっぱりと言い切って再びハーシィを睨み付けるリータ。


、ねぇ?」

 目を逸らして両肩を竦めながらも、猶も追撃の手を緩めぬハーシィ。勇者である。蛮勇ではあるが。

「ま、そりゃいいとして、アンタいつの間に潜り込んだんだよ? それに白猫は何処行った?」

「――っ、そ、それは……」

 リータが言葉に詰まってもじもじしていると、コロコロがまだ眠そうな顔でぽてぽてとリータの膝に上がり込み、そのまま丸くなってしまった。


「ありゃりゃ、まだ寝足りないのか。まぁ、子猫だし、仕方が無いか」

 モンシャが苦笑してコロコロを撫で、リータはと言うとそれを蕩けるような微笑を浮かべて見つめている。

 さしものハーシィも気勢を削がれたか、髭の辺りをぽりぽりと掻き、

「――まぁ、コロンがその調子じゃどうしようも無ぇな。仕切り直すか?」

「そうだね――一旦、お昼まで待ってくれる? コロコロの状態もあるから、僕の方からそっちに行くよ」

「解った。――じゃ、俺は一旦消えるからよ、上手いことやれよ?」

 最後の余計な一言に目つきが険しくなったリータから逃げるようにハーシィが部屋を飛び出すと、また静寂が戻った。僅かにコロコロの喉が鳴る音だけが聞こえている。


「――ぬし様」

「は、はいっ?」

「何も、訊かれないのですね」

「い、いや、まぁ、話したくない事情があるなら、無理に話さなくても――」


 不意に重さを感じたと思った刹那、また布団の上に倒れ込む。リータが飛びついたのだと判ったのは彼の眼前に彼女の黄色い双眸を認めた後だ。


「――あの、り、リータ、さん……?」

「――もう少し、もう少しだけ、わたくしを信じて下さいまし――時が来たら、全て――」

 その双眸は涙を湛え、それがゆらゆらと揺れて美しい猫目石さながら。

 あぁ、綺麗な瞳だ――懐かしい――何時か見たことがあるような――。

 やがて、モンシャの意識は眠りの深い海へと沈んで行った。


=^ΦωΦ^= =^・×・^= =^◎ω◎^= =^・д・^= =^Φ*Φ^=


「――ふわぁ……あれ、また寝ちゃってた!?」


 モンシャが目を覚ますと、既に陽は高く昇っていた。

 "みゆ"もリータの姿も既に無く、コロコロはいつの間にかコロンに戻ってすやすやと寝息を立てている。

 ――さっきのことは夢だったんだろうか?

 リータがこの部屋に居たことが夢だったのか、ハーシィが来たことが夢だったのか。

 肝心のコロンも寝ているため、モンシャは混乱した頭を頻りに掻いて部屋の中を歩き回っていた。


 やがて、コロンがむっくりと起き上がるや否や、


「ご主人ー、お腹減ったー!!」


 と魂の叫びを上げたため、彼は思索を放り出してコロンと遅い朝食(昼食?)を摂ることにした。


 部屋の外で丸くなっていた白猫が耳を立てると、何処かへ走り去った。

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肉球の勇者~子猫、異世界に転生しました! ひとえあきら @HitoeAkira

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