しらゆき姫
びびび
しらゆき姫
生まれた時からその頃までずっと人よりほっぺが赤かったから、私は母に「林檎」と名付けられた。ほっぺが赤かったのが肌色がとても白かったからか、体温が高いからかは分からないけど、私はずっと「林檎ちゃん」だった。
好きな色は赤、辛い物は苦手。家族はクリスチャンじゃないので林檎に特に確執はない。ニュートンの話になると授業ではいつも先生が私に話を振るので、物理の成績は良い。休み時間、どうしてもすることが無い時にするしりとりでは大体私が最初に「林檎」と言うし、そうでないときはちょっと気になる男の子が私の名前を呼んでくれたりする。サンリオで一番好きなキャラクターは言わずもがな、キティちゃんである。
私はこの名前が気に入っていた。皆すぐ私の名前を憶えてくれるし、ほっぺを見て納得してくれる。それがなんとも快感で、小学校を卒業するあたりから、伸ばしていた髪もおかっぱにして前髪も上げて、より林檎っぽくした。案の定、みんなに林檎ちゃんと呼ばれるようになった。
しかし、ここまで私が「林檎感」を上げるのに努めても、どうにもならないことがあった。それは私が林檎アレルギーだという事である。
その事実は思ったよりも早く発覚した。生まれて一年も経たないうちにたまたま受けたアレルギー検査で、どの食べ物よりもアレルギー反応が大きかったのがよりによって林檎だったのだ。
それでも中学生の私は躍起になって、完璧な「林檎ちゃん」になりたがった。非の打ち所がない、林檎ちゃん、もしくは林檎そのものに。だから一度食べてみた。給食でアレルギー持ちの私以外には出されたアップルパイ。せっかくならと隣の席の当時好きだった男の子のを、目を盗んで、齧った。
倒れた。しらゆき姫よろしく、齧って嚥下した瞬間に、息が止まった。息ができなくなって赤い顔がさらに赤くなって、見たこともない紫色になった私をその男の子が見て、
「お、なんだ、今度は毒林檎ちゃんの真似か?」
と言ったのを聞いて、そのまま椅子から倒れ落ちた。
その男の子は後に医者になったらしい。どうでもいいけど。
私は林檎にもしらゆき姫にもなれないまま、食べてはいけない果実を食べて死ぬんだわ、どうせなら人工甘味料じゃなくてちゃんとした林檎の味を知りたかったわ、など、同時並行でどうにか息をする方法を考えながらも、悠長なことを思っていた気がする。薄れゆく意識のなかで、ここが陸なのか海の中なのか、私はしらゆき姫なのか人魚姫になりたかったのか、毒林檎のまま死んでゆくのかと思っていたのだった。
そうやって苦しむ私が口から垂らした涎の一滴に、ざわざわどよめく群衆と、スーツを着た王子様がうつったとか。
目覚めた時には病院だった。母親は学校が私にアップルパイを配膳したと思ったのか怒り心頭だったが、私は私の悪いことを説明した。こってり怒られた。
私はあの後、先生に保健室にすぐ運ばれたそうである。お姫様抱っこだったかと友達に聞いたら、いや、丸太みたいに運ばれてたよ、と言われた。
救急車が学校に到着するまでの間の、先生の適切な処置によって私は今もこうして居られるようである。感謝である。しかし、どうしてか私のほっぺはその赤みを失ってしまった。さすがは罪の果実、かどうかは知らないけれども、とりあえず私の林檎人生はこの名前だけを残して無くなってしまった。
余談だが、そういえば私を助けてくれた先生は、生徒に不埒な行為をしたとかでもう田舎の学校に行ってしまったそうである。もしかしたら先生が私の林檎をもっていってしまったのかもしれない。と、隣の席の男の子に言ったら不機嫌そうな顔になった。結婚してからもこの話をするとちょっと怒るので、私はお詫びに私には食べられないアップルパイを焼く。
しらゆき姫 びびび @mikaaaan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます