では私は貴方を殺さねばなりません
「貴方は判断能力を失っています」
期待に反して基地は即座に却下した。
「何故だ。気概を示せと煽ったじゃないか?」
真昼は納得がいかない。
「闇雲に声の原因を探そうとしている。貴方が行こうとしている場所に答えはありませんよ。不条理だ」
基地は過ちの反復を懸念している。真昼は禁じられた地平線を越えようとした。
「筋が通らないのはお前だ。さっき幻聴だと言っな。なら仕事に没頭すればいい」」
真昼は中央部分の床パネルを開いて解除コードを打ち込む。今は平時だ。
警報機が激しく抗議するが粛々と手順を踏んで黙らせていく。そして手動でパーツを立体印刷した。
ドローンを組み立てている最中の真昼は生き生きしている。作業用スポットライトが明るい気分にさせてくれる。
ところが彼の高揚感は闇に遮られた。すぐさま補助電源に切り替わる。
「太陽電池は換えたばかりだぞ?」
真昼が顔をあげるとドーム全体が暗黒に包まれていた。見たこともない闇の海。
赤黒い補助灯が数歩先を照らしている先は見えたない。
「おわあああ!」
彼はパニックに陥った。基地の自律機能を自分で殺したため手探りで進むしかない。
どこかでノイズ音がする。真昼は聴覚を頼りに出所を探った。耳だけを頼りにする初めての体験。
円い基地の壁伝いに歩いて通信パネルを見つけた。恒天観測基地間の通信は全てデータリンクされ職員同士の音声通話はめったにない。
「聞こえていますか? 私は人を殺しました。誰か応答してください」
お先真っ暗な世界で女神のような託宣が精神的な盲人を導いた。
「出雲だ。所属と階級を言え」
スピーカー越しにひゅっと息を飲む様子が聞こえた。沈黙が続く間、ガサゴソと音がする。そして、ふうっと柔らかい吐息が漏れた。明らかに女だ。
「わ、私は所属とか階級とかありません。自分の名前もわからない。でも、人を殺しました」
たどたどしく自己紹介した。真昼の母国語を喋る人間はこの世にいない筈だ。遺伝子標本だけが厳重保管されている。
「お前は恒天観測員ではないな。少なくともその地点は観測の対象外だ」
真昼は逆探知に成功した。「昼間の世界」からとてつもなくかけ離れた地平線の果ての果てから女は呼びかけている。
「いいえ。恒天観測基地、だそうです。奪い返しに来たと『彼』が言っていました」
出鱈目だ。真昼は即断した。万物霊長恒天観測計画は目に見える世界に対して知の主権者たる人類が責任を負う使命を果たすために存在する。不可視の世界など無意味だ。
「口から出まかせだ。奪還計画など聞いていない。架空の基地を回復してどうする。お前こそ闖入者だろう。ぶっ殺す」
彼は不安と不満を一気にぶちまけた。彼女をドームの運営を妨害した犯人よばわりしたあげく、光を戻せと恫喝した。
「亡くなった方もそう仰いました。だから私に撃たせないで」
女の説得に耳を貸さず、真昼は弾道ミサイルの安全装置を解除した。
「きれいさっぱり吹き飛ばしてやるぞ。泣いて謝っても遅い。5,4」
真昼は意気揚々とカウントダウンを始めた。
「貴方が撃たせたんです!」
彼女の絶叫と同時にランチャーが絶命した。
「おい」
真昼がコンソールを叩くがうんともすんとも言わない。完全に機能が死んでいる。
「お願いだから、夜を脅かさないで。ぃゃぁぁぁ」
交信相手は蚊が鳴くような声で訴える。
「夜? いま、夜と言ったよな。夜って何だ?」
初めて聞く単語が恒天観測員を凍り付かせた。聞き覚えのあるような懐かしい温もりと背筋が寒くなる響きが同居している不思議な言葉。
「はい。夜です。暗くてひっそりと静まり返った平穏な世界。私はそこで生まれました」
「俺は真昼だ。出雲真昼。観測計画に一生を捧げるためにデザインされた」
仕方なく彼が自己紹介すると、空気が一気に緊迫した。
「では私は貴方を殺さねばなりません」
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