また、一緒に桜を見に行こう

Ai_ne

狂い咲き

 まだ3月だ。

 今年は例年よりずっと早く桜が咲いた。


 風で吹雪のように散っている桜の木の下に立つ。吹雪のような桜の花びらに体が包み込まれる瞬間、その場所だけ現在と過去が交差するような錯覚に襲われる。


「ねぇ、今年の春はまた、一緒に桜を見に行こうよ」


 彼女は葉っぱ一つない侘しい桜の木の下で言った。本当に寒くて、寂しくて、温かい春なんてやってくることは無いんじゃないか。そう思う冬にも関わらず、長い髪をかきあげて彼女は不確かな未来を希望的に観測するように言っていた。


「毎年行ってるけど、花見ってそんなに良いもの?」


 興味本位で彼女に尋ねると、彼女は頬を膨らませて言うのだ。


「分かってないなぁ。桜に囲まれるとさ、昔の良い事も悪い事もぜーんぶ思い出させてくれる気がしない?」

「しない」

「うそ!? わたしだけ!?」


 枯れたり咲いたり、萎んだり。

 彼女は本当に表情が豊かだった。


「じゃあ君が楽しくないなら、今年のお花見はやめておく?」


 しばらくの沈黙のあと、彼女は寂しそうにこちらを見て呟く。そんな顔をされて断れる人間がいるはずがない。


「……花見の良さは全くわからない」

「そっか…………」

「……でも」


 あからさまに残念そうな顔をして俯く彼女を見る。


「花見の良さは分からないけど、二人で歩く桜の下は楽しい」

 

 彼女の萎んだ表情はすぐに花を咲かす。


「…………そっか! 良かった!」


 彼女こそ本当に花のようだった。

 満点の笑顔を見せる彼女は振り向いて笑う。


「約束ね! 今年の春も絶対、この場所で私と桜を見るんだよ!」

「……あぁ、約束だ」

「じゃあ私いくね! ばいばい!!」


 …………桜の吹雪は静かに止む。

 地に落ちていく花びらを慌てて掴むように手を伸ばすと、地に落ちた花弁達は唐突に現実を突きつける。


 自分以外に誰もいない桜の木が並んだ一本道。


「約束じゃ……無かったのかよ」


 掌に握られた桜と一緒に、そんな言葉を吐き捨てた。

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