第6夜 ああ、しあわせだ

 今日も、夢を見る。いつもと同じように、夢を見る。



……モノクロの世界。初めての経験だ。


……ここは、どこだ?今俺が見ているのは、誰だ?登場人物が、いない。


……懐かしい香り。どこかで見た景色。『覚えている』。それだけで少し落ち着くような気がする。


……夕食ができたと呼ぶ母親の声。あまりにも懐かしい。階段を降りてみると、少し若くなった母親がいた。


……同じところに父親もいる。やはり少し若い。どこか粗暴だが、基本的に優しい父。ちょっとした会話。朗らかな日々が、そこにはあった。


……夕食を二人で食べている。いつも見ている番組に二人で少しずつ口出しをする。あれはこうじゃないか、こうだったはず。いや、違ったか。


……片付けは好んでか嫌がりながらかはわからないが、母親がしていた。その間も番組に少し口を挟んでいる。それで番組が変わるわけでもないけれど、それで良かった。


……そうこうしているうちに時は過ぎていき、テレビはあるドラマを映し出していた。若い男女が結婚するために家族に見栄をはる話。決して面白いとは言えないが、流しているぶんには問題ない程度。


……今までの夢にはなかった心地よさに覆われる。ああ、なんてしあわせだ。ゆっくり、眠りに落ちる。



……朝。父親はどこかに出かけた。母親は買い物に行くらしい。


……この機会に母親を追って外に出てみる。懐かしい家。『覚えている』。家の周りの風景も『知っている』。どこか懐かしい。


……今日はうどんが特売だった。いつもより2円安い。他の商品だと気にしない値段だが、うどんだと話は別だ。母親がデザートにすると言って、果物の缶詰を買っていた。


……再び家。いつの間にか帰ってきていた父親に、少し買いすぎた、と言いながら母親がうどんを茹で始める。母親が食べきれない分はきっと父親が食べるだろう。


……父親と母親はうどんの好みが違った。冷たい派と温かい派。だから先に母親が食べそうな分を除けておいて、残りを水でしめる。


……外出で疲れたのか、父親は昼食が終わるとさっさと寝てしまった。母親は新作の発売が待ちきれない、とでも言うようにゲームをしていた。主人公と仲間たち。


……ああ、とてもしあわせだ。


……


 世界に色彩が戻る。


――母親は口から血を吐いていた。服は血みどろ。指はほとんど肉がない。


――父親は目を背けたくなるほど凄惨な有様だった。これで原型をとどめているのが不思議なくらいに。


――そんな状況で、『日常』が続いている。


――あまりにもいびつだ。


 世界から色が消える。


……母親は何事もなかったかのようにゲームを続けている。いや、何もなかったのだ。


……父親は外のバイクの騒音で目覚めたのか、少し苛立たしそうな顔をしている。やはり何もなかったのだ。


……いつも通りの日常。


……ああ、



 二度と目覚めたくなかった。夢だとわかっていた。それでもあの時間にいたかった。現実に戻れ、とテレビがうるさく語りかける。

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夢を見る。 秋雨 @akisame-autumnrain-

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