転職する男
急な好景気の理由もあって、そもそも働き手志望総数の少ない業種に分類される我が社の人事部は、競合他社の御多分に漏れず、今日も暇であった。
「部長、一通だけ求職応募来てますよ」
人事部新人の田山さんは、丁寧にまとめた二枚刷りの資料をこちらに投げる。彼女もきっと他業種への転職を考えているに違いないと私はひそかに思っていた。
それにしてもこんな好景気に私たちのところへ求職しに来るなんて珍しい奴もいたもんだなと、一応渡された資料に目を通す。どうやら、前の職場がつぶれて転職を希望する様な男の履歴書だった。
男の前職は金融ベンチャーであった。なんとこの男、そこの会社の元CEOにして創業者だという。不景気ならともかく、昨今の急な好景気に便乗して金融ベンチャーは大手に潰されたのだろう。可哀そうに。しかしだ、なぜそんなやる気バリバリの起業家が、不人気のうちなんかに。何か裏がありそうだと直感した。
よく見ると、男は高校を卒業してから今までずっと自ら起業した会社に勤めている。中には年商数十億も稼ぐ成功したベンチャーもあったようだ。いずれも、本日までにつぶれてしまってはいるが、この男、どんなに苦境に立たされてもめげずに次へ次へと挑戦してきている。そんな様子がありありと履歴書から伝わってくる。
男の凄さに圧巻されると同時に脳裏に湧き上がってくるのは、どうしてそんな男がうちなんかに来たがっているのかという疑問だ。
こりゃあ、気になっていてもたってもいられんな、とそんな気になり、私は田山さんに「この人の面接はまず私からやらせてくれ」とお願いした。田山さんは、感情のない返事だけをこちらに返した。
そして当日。
男は面接室へやってきた。
身なりは上々。身のこなしから挨拶まで完璧な男であった。男は簡単な自己紹介を済ませ、私たちは面接時間に入った。私は、男の何から何まで気になって早く質問したいと気が焦ったがまずは、うちへの志望動機を聞くことにした。
男は私の内なる興奮に気づいたのか、私の質問を笑みで受け止め、こう答えた。
「おたくは畳屋ですから、私には天職かなと思いましてね」
ショートショート『極秘ミッション』他 蒼月 水 @Aotsuki_Titor
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