「元の世界に戻った僕はこの世界で英雄を目指す」
おぼろげな意識の中、石上竜吾は目を覚ました。
「ん」
布団の上から起き上がり、睡眠で凝り固まった体をほぐそうと両腕を天に向かって、伸ばした。
「よく寝た」
「竜吾。朝ごはん!」
一階のキッチンの方から母の声が聞こえた。数回、あくびをしたのち、竜吾は部屋の扉を開けた。
竜吾が異世界から元の世界に戻ってきて一ヶ月がたった。再び、本来の生活を取り戻し始めていた。
異世界から戻って、両親と再会した時、母は赤く目を腫らしながら涙を流していた。父は震えながら、怒気を孕んだ声でどこにいたのか問うてきた。
竜吾は異世界に行ったと素直に言った瞬間、父に頬を殴られて気絶した。
しかし、二人共、竜吾のことを心から心配していたのだ。警察や地域住民が力を合わせて操作していたものの、手がかりもなく一向に見つからなかったらしい。
断念しそうになったものの、諦めきれなかった彼の母が再度、池の方に向かうとずぶ濡れになった状態の彼が池の辺りで発見されたのだ。
「今日から学校ね。課題とか多いから覚悟しておきなさいよー」
「ひえー、世間様は冷たいね」
竜吾は茶化しながら、熱い味噌汁を啜った。数ヶ月間、異世界に言っていたため、一ヶ月経った今でも故郷の味が体にしみる。
朝食終えた竜吾は家を出て、学校へと向かった。数ヶ月ぶりに目にする通学路とその周辺の景色。竜吾が異世界に旅発つ前と何も変わっていない。
「相変わらずの景色だな」
竜吾はそんな事を思いながら、進んでいると目的地である学園に着いた。何一つ変化のない白い校舎と雰囲気。
大きく開いた正門に制服姿のが学生達が吸い込まれていく。
「さて、行きますか」
流されていく学生の波に身を任せるように竜吾も学園の中に足を踏み入れた。
夕方。下校時間になり帰宅である竜吾は疲労感をにじませた顔で校門を出た。
「マジ疲れた」
竜吾がここまで疲れている理由は様々である。一つは教室に入るなり、それまで自分に無関心だった生徒達から質問責めにあった事。
異世界に行ったなど到底、言えるわけもなく家出していたとだけ言って流した。
そして、もう一つは提出された莫大な課題と授業内容だ。
あまりの量に彼の度肝が抜かれた。
不意に竜吾は夕焼けで茜色に染められた美しい空を見た。どこまで続く広い空を目にして異世界での出来事が頭をよぎった。
「少し前まで俺は空を飛んでいたのにな」
竜吾は聖竜の姿で空を自由に飛び回っていた。風を感じながら、何者にも縛られない無法の空を舞う。
「バンジージャンプちスカイダイビングでもしたら同じような経験ができるんだろうな」
かつての情景から目を背けるようにため息をついた。ここは異世界ではない。
自分が元いた世界なのだ。そして、もう聖竜として空を飛ぶことも出来ない。
「早く帰ろう」
踏ん切りをつけようと前に進もうとした時、竜吾の目にある光景が飛び込んできた。
「ねえ、俺達。金に困ってんだよね。貸してくれねえ?」
「もっ、もっていませんよ」
「えー、嘘だージャンプしてみ」
目の前で二人の不良風の男達に小柄で気弱そうな黒髪の女子が絡まれていたのだ。よくみると絡まれている女子は同じ制服を着ていたのだ。
竜吾は助けようとしたが、体が止まった。恐怖だ。もし仮に声をかけられた場合、殺意の対象は自分に向けられる。
もしかしたらあの不良は本当にお金に困っていて、貸してほしいだけなのかもしれない。そんな考えが頭をよぎった。
「いや、言い訳だ」
竜吾は自分を騙そうとしたが、どう考えてもそんな風には見えない。それに聖竜が別れ際にこう言ったのだ。
『きっとあちらに戻っても大丈夫だな。頑張れよ。竜吾』
自身を認めてくれたメノールに応えるため、勇気を振り縛った。
「おい。あんたら。やめろよ」
竜吾は恐れを噛み殺して、男子生徒に絡み続ける不良二人に威圧をかけた。
「あっ? なんだてめえ?」
「もしかして君が出してくれる感じ?」
「誰が出すなんて言ったよ。カツアゲなんて良くないぞ」
竜吾は不良達の行いを咎めた瞬間、一人の不良に胸倉を掴まれた。
「ぐっ!」
「知ったような口聞いてんじゃねえぞ!」
不良の握る力が強くなる。この手の輩はすぐ頭に血がのぼるのだ。
「やってみろよ! 殴れるならな!」
竜吾も不良に負けじと凄まじい剣幕でまくし立てた。大声をあげたことで先ほどまで抱いていた恐怖は吹き飛び、闘争心がメラメラを燃え上がり始めたのだ。
すると竜吾の形相に驚いたのか、不良の顔が僅かに引きつった。しばらくすると勢いよく不良が竜吾を振りほどいた。
「ちっ! しけた! いくぞ!」
「おっ、おう!」
不良二人が太々しい態度で踵を返した。竜吾はその場で尻餅をつきながら、去っていく不良達の背中を睨んだ。
「あの、助けていただきありがとうございます!」
「いいよ」
女子生徒が先ほどとは打って変わり、喜びが滲み出た笑みを浮かべて、感謝を口にした。
なんとか勇気を振り縛り、この女子生徒を救う事が出来たのだ。勇気ある行動を行う。それが出来ただけでも竜吾には多大なる利益である。
「あの、よろしければ近くまで一緒に帰りませんか」
「ああ、いいよ」
竜吾は彼女の手を借りて、立ち上がった。掴まれて乱れた胸ぐら部分のシワを整えて、彼女と下校を共にした。
これから生きていく中で先ほどのような出来事に直面するだろう。しかし、その時、竜吾は思い出す。
異世界で過ごした日々とそこで受けた試練と得た教訓。それらをこの世界でも生かしていく事に決めた。
誰かの英雄になるために。
「トカゲになった僕は異世界で英雄を目指す」 蛙鮫 @Imori1998
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