「短編」両片想いの奴らにナイフを突き立てる

ファスナー

両片想いの奴らにナイフを突き立てる

俺の名前は元 慎二はじめ しんじ。皆からはゲンや慎二と呼ばれている。

今年から進学校である聖桜第一高校せいおうだいいちこうこうに通っている。


「よう、祐大ゆうだい。おはようさん。今日も彼女とラブラブだな。」


朝の通学途中に見知った男女2人組を発見した俺は、いつものように思いっきり男の背中を叩いた。


「挨拶がてら背中を叩くな、慎二。痛ぇだろうが。

 それと何度もいってるが俺と恋は恋人じゃねー。ただの幼馴染だ。」


睨みながら振り返って俺に文句を言ってくるのは荻野 祐大おぎの ゆうだい

俺のクラスメートで親友だ。ぶっちゃけこいつは男友達が少ない。

まぁ祐大の性格もあるんだが主な原因は祐大の隣にいる少女だ。


「か、かか、彼女だなんて。ゲン君、恥ずかしいよ。」


そう呟きながら顔を真っ赤にしてもだえているのは同じくクラスメートの柚木 恋ゆずき れん

黒髪ロングの清楚でありつつ庇護欲をそそられるような可愛らしさ満点の美少女。

彼女はなんと荻野とは幼稚園からの付き合いの幼馴染なのだ。

聖桜第一高校の1年女子の中でも5指に入る人気っぷりだ。


そんな彼女は何故か祐大と毎日一緒に登下校し、さらには祐大のためにお弁当を作ってきてくれる尽くしっぷり。

男子からは嫉妬の対象となった祐大は友達が多くできるはずも無かった。


「それは無理な相談だな、祐大。

 俺がお前の背中を叩くのはこの学校の男子一同の総意だからな。

 幼馴染で毎朝一緒に登校してるなんて、今日び恋愛小説でもやらん設定だぞ。

 羨ましい奴め。恵まれた境遇を自覚しろ。そして爆発しろ。

 あ、柚木さんは今日もかわいいねー。どう、こいつやめて俺と付き合わない?」


「ふざけんな。勝手に嫉妬してくんなよ。

 後、恋を挨拶がわりにナンパするのをやめろ。」


「えっ。ユウ君。それって…。」


「い、いや。か、勘違いすんなよ。お前とは幼馴染だからな。

 女とっかえひっかえしてる慎二の毒牙に掛かったら不幸になることが目に見えてるしな。」


「そう、勘違いなんだ。ごめんね、ユウ君。また迷惑かけたよね。」


「いや、あのだな…。」


「あーあ、彼女泣かした。彼氏失格だねー。ユウ君は。

 大丈夫だよー、恋。あたしの胸でお泣き。」


そう言って柚木をギュッと抱きしめたのはポニーテールと健康的に日焼けした褐色肌が特徴のクラスメイトである下平 真由美しもだいら まゆみ


陸上部に所属しており、柚木とはタイプの異なる可愛さを持つ美少女だ。

天真爛漫で男女問わず気兼ねなく話せる彼女は底抜けに明るい笑顔相まって男子の人気が高い。

ちなみに柚木とは中学生の頃からの親友だ。


「えへへ、真由美ちゃんやさしー。」


「お、下平じゃん。おはよー。今日は朝練無かったの?」


「ゲンにユウもおはよー。そうそう、今日は朝練無い日。

 それにしてもまた私の恋を泣かしてるのね。」


「いやいや、恋は泣いてないだろ。あと恋はお前のじゃねーし。

 幼馴染として恋の事を心配していっただけだ。」


祐大の言葉に俺と下平はため息をついた。


「「祐大(ユウ)、そういうとこだぞ。」」

ほんとそういうとこだぞ。


 ****


昼休憩のチャイムが鳴り、俺、祐大、柚木、下平の4人でいつも通りの食事をしていた。


「はい、ユウ君。今日のお弁当」


今日も当たり前のように祐大に弁当を渡す柚木。


「今日の愛妻弁当は何だろうな、祐大。」

悔しいので茶々を入れてみる。


「愛妻弁当ってなんだよ。既に結婚したみたいじゃねーか。」

祐大はそう言った言葉に敏感に反応するのでからかいがいがある。


「では奥様、旦那様からのプロポーズの言葉は何でしたか?」

それを熟知している下平もノリに合わせる。

柚木は無言のまま顔を赤らめている。うん、可愛い。


「おい、下平。お前も悪乗りすんな。恋が恥ずかしがってんだろうが。」


「いやん、恋たら相変わらずのかわいい反応。女の私でもキュンしちゃう。」

そういって下平が柚木に抱き着いた。


「お、さっそく浮気か。どうするよ祐大?」

ニヤニヤしながら祐大に意見を求める俺。


「いや、関係ねーし。」

むきになって反応する祐大。ここまでがいつものテンプレートという奴だ。

一通りバカなことを言い合って笑い合う。そんな日常の昼食。


「やれやれ、あの二人は一向に進まないな。」


「ほんとにね。見てるこっちがやきもきするわよ。」


思わずぽろっと出た言葉に同意する下平。

互いに苦労するわとアイコンタクトで通じ合った。


ブブブッ

マナーモードにしていたスマホが振動した。

俺はスマホを取り出して中身を確認すると思わず笑みが漏れた。


「なに?彼女??」

下平が食い気味に反応する。


「ふっふー、正解。よくわかったな」


「モロバレ。顔にやけてるもん。

 あんた、今の彼女で何人目だっけ?

 それだったらユウにもアドバイスしてあげなよぉ。」


「4人目だな。アドバイスなー。

 祐大つついてみたこともあるけど、本人が意固地になっちゃって動かないからなー。」


ブブブッ

再びスマホが振動した。彼女からの呼び出しだった。

俺は3人に「行ってくる」と告げて席を立った。


 ****


ザワザワッ

俺が教室に戻ってくると、何やらザワついていた。


「どうしたんだ?」


近くにいたクラスメイトの女子に話しかけてみる。

どうやら柚木のもとに2年の中条なかじょう先輩がやってきて『放課後に伝えたいことがあるから屋上に来てほしい』と言ったらしい。

その現場を目撃した女子たちはキャーキャーと騒いでいる。


サッカー部に所属する中条先輩と帰宅部である柚木との間に接点は無い。

となれば、伝えたいことというのは十中八九、愛の告白というやつだろう。


柚木はモテる。

高校に入学してこの8か月間で知っているだけで10回は告白を受けている。

まぁ、そのすべてを断っているけどな。


「どうするんだ?」

祐大のもとに行き、尋ねてみた。


「別に。俺がかかわることじゃない。」

ぶっきらぼうに言う祐大の言葉は刺々しさが含まれていた。


やれやれ、あいつも成長しないね。俺はそう思わずにはいられなかった。

仕方ないから付き合ってやるか。


 ****


「柚木さん、君が好きだ。俺と付き合ってくれ。」

屋上にいる中条と柚木を俺はこっそりと物陰から観察していた。

隣では「なんで俺が」なんてブツブツ文句言っている祐大がいるが気にしない。


女子受けするイケメン顔で、サッカー部のエース。

それだけでモテる要素は十分にあるのに、真面目で実直な性格のようだ。

飾らずに真っすぐな言葉で想いを伝える姿に俺の中で先輩の好感度は上昇していた。

付き合う相手としては申し分ないと思う。


だが、残念ながら柚木の心を動かすには足りない。


「ごめんなさい。あなたの想いには答えられません。」

柚木は真っすぐな言葉に真っすぐ返した。


「…。噂の彼と付き合っているのか?」

その言葉にフルフルと横に首を振って答える柚木。


「実はね。噂が気になって少し君たちを観察していたんだ。

 こういってはなんだが君達の関係は歪に見えたよ。

 君が彼に甲斐甲斐しく世話しているのは見ていてわかる。

 だが、彼の方はそれを快く思っていないようだ。

 たまに邪険に扱うようにも見えた。

 俺には君が不憫でならない。なら、俺が君を幸せにしてやる。

 そう思ったんだよ。」


「私のことを思ってくれてありがとうございます。先輩。

 ですが、先輩には関係ありません。

 これは私とユウ君との問題ですから。」


「そ、そうか。だが、辛い思いをするくらいならいっそ…。」


「やめてください。」


「悪い。出過ぎた真似をした。

 フラれた男の嫉妬だと思って気にしないでくれ。

 それじゃあ、俺はいくよ。」

そう言って先輩は屋上から去っていった。

うーん、最後までイケメンだったな。


「で、感想は?」


「別に」

祐大は不貞腐れたようにそれだけ言って去っていった。


「やれやれ。難儀な男だね、祐大も。」


ブブブッ

スマホを取り出して中を確認して驚いた。

だが、俺は同時にチャンスだと思った。


「そうかよ。しゃーない。

 まったく。難儀なのは俺も一緒か。」

俺は自嘲するように呟いてその場を去っていった。


 ****


俺の名前は荻野 祐大。

聖桜第一高校に通う高校一年生だ。


思春期真っ盛りの年頃で、俺もその例に漏れず恋をしている。

相手は幼馴染の柚木 恋。

恋心を意識し始めたのは中学二年生になってからだった気がする。

意識し始めたころには恋は既に男子の間で人気になっていた。

月に1回ペースで告白されていたらしい。

とてもじゃないが、気が気じゃなかった。


そんな彼女は家が隣同士で幼馴染の俺に特別に優しく世話してくれる。

多分、恋も俺のことを好いてくれて気持ちが通じ合ってると思っていた。

だけど、彼女が注目されればされるほど周囲の男達からの俺に対するやっかみは増していった。

耳を澄ませば周囲で俺に対する嫉妬が聞こえてくるようだった。


『なんでアイツなんだ。俺の方が全然イケてるじゃん。』

『ただの幼馴染なんだろ。図々しすぎない。』

『柚木ちゃんが可哀そうだろ。お前のわがままを押し付けるなよ。』


そのたびに、平凡で特別な何かを持っていない俺が恋の横にいていいのか不安になった。

俺は本当に彼女と釣り合う男なのか。その不安にいつも押しつぶされそうになっていた。

だから、俺は彼女に素直になれず、素っ気ない態度を取った。

いずれ俺の元を離れていくなら早い方がいい。傷つくくらいならこのままの関係でいい。

いつまでもこのままの関係でいられる―――そう思っていた。


「はっ?」

俺は変な声を出していた。


「いや、だからさ。今日の放課後に俺チャレンジしてみようと思うんだ。」


「なんで俺に言うわけ?」


「ああ、一応な。中条先輩の告白見てたら感化されてな。

 こそこそ隠れて言うより正々堂々と行かなきゃ卑怯だと思った。だからお前に伝えた。」

慎二は真っ直ぐ俺の目を見ていった。

俺は思わず目を反らした。


中条先輩の告白は俺の中で衝撃だった。

今までは恋から告白されたという話を事後報告で聞いていたから、告白の現場を初めて目撃した俺には刺激が強すぎた。


後ろから頭を殴られたようなショック。目の前が真っ暗になったような気がした。


恋が中条先輩をフッた時、俺はかなり安堵していた。

やっぱり恋は俺のことを想ってくれてる。そう思うと安心した。

だが、今度は慎二が告白するという。


「でも、お前彼女いるだろうが。」

そう、慎二はモテる。高校に入ってから4人の女性と付き合っている。


「ああ、フラれたわ。なんでも気になってる男子から告られたんだと。」


「その割にはショックを受けてないな。」


「いやいや、フラれたのはショックだぜ。

 だけどな、彼女がその男と一緒にいて心の底から笑ってる姿見るとな。かなわねーなって思うのよ。」


「そうか。それでなんでアイツなんだ?」


「失恋で傷ついた穴を埋めてくれるのは新しい恋だし。

 お前ほど長くはないが彼女とはは分かってるつもりだしな。

 身近に魅力的な女子が居るんだ。恋に落ちても不思議じゃないだろ。

 というわけで、お前には伝えたからな。」


なんだか嫌な予感がした。

辞めてくれ。アイツに告白なんてしないでくれ。

だが、俺の中にあるちっぽけなプライドが邪魔をした。


「俺は関係ないから勝手にしろよ。」

思わず悪態をついて見て見ぬふりをしていた。


そして、いやな予感は現実のものとなった。


「柚木さん、俺と付き合ってください。」


「…、はい。よろしくお願いします。」

俺が恋した柚木 恋という少女の彼氏の座を射止めたのは俺の親友だった。




そして俺は次の日から一週間、学校を休んだ。



 ****


「ちょっと、どういうつもりよ。ゲン」

不機嫌面で俺に突っかかってきたのは下平だった。


「んん?なにが??」


「何がって、ユウのことよ。もう一週間も学校来てないわよ。

 体調不良だって言ってるけど、どう考えても原因はあんた達でしょ。」


まぁそうだわな。わかっているさ。

だが、俺はため息をつかずにはいられない。


「あのな、下平。お前は祐大のオカンか?」


「は?何言ってんの?」

いつも明るい下平には珍しく棘のある言葉だった。


「あのな、俺は柚木に告白した。柚木は俺の告白を受け入れて恋人になった。

 なにも無理強いしたわけじゃない。告白する前に祐大にはそのことを伝えている。

 文句を言われる筋合いは無い。」


「で、でも。」


「それにな。行動しなかったのはあいつだ。」


「そう…だね。」

そう言う下平は苦虫を潰したような表情をしていた。

いつも明るい下平が落ち込んでいる姿は心にくるものがあったが仕方が無いことだ。


 ****


一週間ぶりに学校にやってきた祐大はガラッと雰囲気が変わっていた。

負のオーラを全身に浴びているようで誰も彼に近づけなかった。


その後、授業を淡々とうけ、昼食時にはフラッといなくなり、放課後になるとさっさと帰っていった。

次の日も、その次の日も、そのまた次の日も祐大は誰ともかかわることなく過ごしていた。


「ねぇ、ゲン。ユウのことどうにかしてよ。」

祐大の現状に耐えられなくなった下平が俺に訴えてくる。


「そう言ってもなぁ。」

チラッと柚木の方を見ると、彼女も顔が青白くなっていた。

どうやら劇薬過ぎたようだ。このままだと柚木が参ってしまうだろう。


俺は一つため息をついた。


「わかった。なんとかしよう。ただし、2人の協力が必要だぞ。」

柚木と下平は深くうなずいた。



 ****


「こんなところに呼び出して何の用だ?」

俺、荻野 祐大は夜の学校のグラウンドに来ている。


部活をしている生徒達も皆帰ってしまって学校にいるのは俺と呼びだした慎二くらいしか残っていないだろう。


最初は拒否しようとしたが、柚木に関する話だということで不承不承やってきた。


「何の用とはご挨拶だな。心当たりはあるだろう。

 そうだな。ここ2週間でめっきりキャラ変わったじゃないか。何かあったのか?」


『何かあったのか?』だと。慎二の言葉に思わず歯を食いしばっていた。

冷静に努めようと思っていた心は一瞬にしてバランスを失った。


「なんだよ。嫌味か?」

激高した俺の言葉を慎二は平然として受けた。


「嫌味?何を言ってるんだ。お前に嫌味なんて言ってないだろう。」


「ふざけんな!お前、恋と付き合ってんだろうが。」


「ああ、そうだ。俺と柚木は付き合ってる。

 だが、それがどうした。?」


「なん…。」

言い返そうとして言葉が詰まった。

そうだ。そうだった。

慎二が恋に告白したことも、その告白を恋が受け入れたことも俺には関係ない話だ。

他の誰でもない。俺が慎二にそう言ったんだ。


「俺は2週間前、柚木に告白した。でもそれは俺と柚木の間での問題だ。

 。」


念を押すように繰られた慎二の言葉。

心臓にナイフが突き立てられたかのような痛みが走った。

しばらく声を発することができなかった。


そうだ。その通りだ。

元々自分が望んだことじゃないか。恋の隣に彼氏のとして居座っていただけの幼馴染おれ

これで周りからの視線に晒されずに済む。


「…、そうだな。最近ちょっと態度が悪くて迷惑かけたな。

 すまなかった。明日からは元通りになるわ。」

そう言って、ははっと笑って見せた。

何かを恥じるようにとっさに取り繕った。気持ちが悪かった。

今すぐにここから逃げ出したい衝動に駆られた。


「………」


「えっ、なんて?」

慎二が何か言ったようだが声が小さくて聞き取れなかった。


「違うだろうが。そうじゃねーだろうが。」

先ほどまでの冷静な慎二とは打って変わって憤怒の表情をしていた。

だが、慎二が何故怒っているのかわからない。


「媚びるような目をすんじゃねーよ、荻野 祐大。

 俺が聞きたいのはそういう言葉じゃねぇ。」


慎二が聞きたい言葉がなんなのか俺にはわからなかった。

俺が戸惑っていることを察した慎二はスマホを取り出すと電話をかけ始めた。


「すまない。もうちょっとちゃんとするはずだったけど予想以上にダメだったわ。

 計画変更だ。悪いけど出てきてくれ。」


慎二が電話を切って2分後、2人の女性がやってきた。


「どうして2人がここにいるんだ。恋、真由美」


「俺が呼んだ。ちゃんと決着つけるためにな。お前、柚木のことが好きだろ?」

言葉が出なかった。決着だって?何を言い出すんだこいつは。

既に決着はついている。恋は慎二の恋人で俺は負け犬だ。


これ以上傷口に塩を塗り付けるのはやめてほしい。

だから俺は強がった。


「んなわけねーだろ。恋は単なる…幼馴染だ。」

そういう俺の声は震えていた。

心が欠けていくのが分かった。これは大切なナニカが喪失してしまう感覚だ。


「ふっざけんな。涙流しながら言っても説得力ねーんだよ。」

慎二に指摘された初めて泣いていることに気づいた。


「その涙は何だ?幼馴染が他の男に取られて嫉妬してんのか?

 それとも、?」


「うるさい。お前に何が分かるってんだ。」

行動しなかったんじゃない。行動したくてもできなかったんだ。

誰も望んでいないから。誰からも望まれてないから。


「アホか。そんなもん分かるかよ。幼馴染の優しさに甘えて何も行動しなかった奴の事なんてよ。

 惚れた女が居たら、気持ちをぶつけていくんだよ。怖くてビビっちまってもな。

 待ってるだけじゃ単なる片想いに終わっちまう。愛ってのは掴みに行くもんだろうが。」


「どうしろってんだよ。俺にどうしろってんだ。」

かわからない。何が正解なのかわからない。

気づいたら吠えていた。


「お前の口は飾りかよ。お前の気持ちをぶつけろよ。

 今ここには柚木がいるだろうが。」


ああ、そうか。

慎二は俺の気持ちにケリをつけさせるために呼んだんだな。

燻ぶったまま堕ちていく俺を見かねて。


そうだな。この2週間で醜態は晒してきた。

ちっぽけなプライドなどすでに粉々にされている。

そう思うと、ふっと冷静になれた。

ああ、なんで意地を張っていたんだろう。馬鹿らしい。


「…わかった。」

先ほどまで熱を帯びていた雰囲気は一変して落ち着きを取り戻し、涙も乾いていた。


「…恋。聞いてくれ。」


「は、はい。」


「俺はな、恋、お前のことが好きだ。一人の異性として。

 この気持ちに気づいたのは多分中学二年の時だ。

 だけど、同時に平凡で何も優れたところのない俺がお前の隣にいてもいいのかと不安だった。

 モテていく恋を見て次第にその不安が増していったんだ。」


「だから俺は気持ちに蓋をして、恋にワザと素っ気ない態度を取るようになった。

 俺が愛想つかされてどこかいい男と引っ付いてくれればこの不安も解消されるんだと思ってた。

 告白されたと聞いた時は嫉妬の気持ちが強くなった。

 矛盾してるようだけど、恋を奪われたくないと思った。

 けど、臆病だった俺は何もできなくて。なら、今の関係がそのまま続けばいいやって思った。」


「でもな、恋と慎二が付き合うようになってようやくわかった

 恋は誰にも奪われたくない。

 遅くなってごめん。俺は恋のことが好きだ。愛してる。

 ずっと俺の隣にいてほしいと思ってる。だから、…だから、俺と付き合ってくれ。」


「………、ごめんなさい。」

恋はそう言って涙を流していた。


「…そうか。そうだよな。慎二と付き合ってるのにごめんな。

 でも、言えてスッキリしたよ。」

カラ元気のまま精いっぱいの笑顔をしてみた。


「それでいいの?ユウは本当にこのまま恋のことを諦めていいの?」


「真由美、でも…。」


「たった一回の告白でフラれたくらいで諦めちゃうの?

 あんたの覚悟ってその程度の薄っぺらいものだったの?

 私はね。恋とユウはお似合いだって思ってたんだよ。

 健気にあんたにお弁当を作ってくる恋を見て、いいなぁって憧れてたんだよ。」


「全くだ。一回フラれたぐらいで諦めるなんて情けねーな。祐大」


「なんだよ。彼氏のお前が言うと嫌味にしか聞こえねーよ。」


「不貞腐れんなよ。しゃーねぇな。柚木、もういいか?」


「うんいいよ。」

恋は慎二を見てコクリと頷いた。


「俺と柚木は付き合ってない。」

はっ。何を言ってる。告白して、OKもらってただろ。意味が分からない。


「柚木に頼まれたんだ。偽彼氏になってほしいってな。

 ここ最近、柚木に告白してくる男子が増えてきて、しんどかったらしい。

 しかも想い人はその様子を見ても何もアクションしてくれない。

 そこで、ちょうどフラれたばっかりの俺の登場ってわけだ。

 困ってる友人の頼みだ。もちろん二つ返事でOKしたさ。

 後は一芝居打って俺から告白した体にしたのさ。」


「なんだそれ。なら言ってくれても良かったじゃないか。」


「あほか。これは柚木からの依頼だったがお前の為でもあったんだぜ。

 お互い好きあってるくせにずーっと何も進展が無かったんだ。

 これはいい起爆剤になるなと思ったんだよ。少々効きすぎたようだがな。」


「でも結局フラれたんなら何の意味もないじゃないか。」

そうだよ。俺を試してるんならさっきの告白でOKしてくれてもいいじゃないか。

なんで俺をフルんだよ。


そう思っていると恋が話始めた。


「…私、小学校のころからずっとユウ君が好きだった。

 だから、その頃からずっとユウ君に積極的にアピールしてきたつもりだよ。

 何度も何度もアピールして、なんとなく好意を持ってくれてるのは分かってたの。

 でもね、ユウ君は肝心の言葉を言ってくれなかった。

 しかも、ユウ君は次第にそっけない態度を取るようになっていったよね。

 私辛かった。苦しかった。いっそ別の人を好きになればなんて思ったこともある。

 でもユウ君のことが好きだったからできなかった。」


「じゃ、じゃあ」


「でもね、今回のことで簡単にユウ君を受け入れちゃダメってこともわかったの。

 今までずっとアピールしてきたから。

 その気持ちをわかってもらいたいから、これからはユウ君が私にアタックしてきてよ。

 きっと何度も断ると思う。でも、諦めずに何度も何度もアタックしてきてよ。」


言いながら恋は泣いていた。

そうか、俺はこんなにも彼女を傷つけていたのか。


「あ、ああ。わかった。

 俺、これからは恋にアタックするから。

 恋に振り向いてもらえるように猛アタックするから。」


気が付いたら俺も泣いていた。何故泣いているのかは理解できなかった。

ただ、この涙は温かかった。


 ****


なにやらゲンがうずくまっている。


「どうしたの?」

私の問いにビクッと反応してこちらに振り向いた。

ゲンの顔がほんのりと赤みを帯びていた。


「いやー、はっずい。柄にもなく熱く語ってしまった。

 夢中だったから言えたけど、冷静になったらめっちゃハズい。」


「あー、たしかに。

 でもね。そん時のあんた結構カッコよかったよ。」

そう言ってニヤリと笑ってた。


ゲンは一瞬固まったあと、顔の赤みが増した。

その様子に何故かこっちまで恥ずかしくなる。

調子狂うなぁ。


「そ、それにしても、振り回されたこっちはいい迷惑よ。」

私はぷくっと頬を腫らして敢えてオーバーにむくれてみせた。


「ほんとにな。あの二人にはしてやられるよ。」

ゲンはふっと苦笑いをしていた。


「は?何言ってんのよ。あんたも振り回してくれた一人よ。

 嘘告白の件、なんで私に伝えなかったの。協力したのに。」


私はジト目でゲンを見ると居心地が悪かったのか慌てていた。

思わずゲンの背中を叩いていた。


「痛った。悪い悪い。でも知ってる人間は少なくしたかったんだ。

 漏れることは無いと思うけど、万一偽彼氏だってことがバレたらまずいからな。それに…。」


「それに?」


「両片想いなんてもったいないだろ?

 ちょっと勇気を出せば願いが叶うんだ。すれ違いで失恋するには悲しすぎるじゃないか。」


そう言ったゲンはふっと優しい瞳をしていた。

まるで慈しむように恋とユウを見ている。

その穏やかな表情に私は不覚にも目を奪われた。


「んっ、どうした?」

ゲンの言葉に私はハッとなった。どうやら私の視線が気になったようだ。

私は思わず視線を外して恋とユウを見つめる。


「なんでもないわよ。でも、そうね。きっと二人なら大丈夫。」

なんとなくこの結末は決まっているような気がする。


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