お題「早朝のコンビニ」

『いらっしゃいませ』の声と共に、商品を補充する音が連続して響いている。


やる気のなさげな店員の緩慢な動きに引っ張られるように、まだ肌寒い、薄暗がりの中、もそもそと店内で目当ての商品を手に取る。


まだ熱くなりきっていないココアと、ひと袋何枚かの食パンを手にとり、ゆっくりとレジへ向かう。


『どうぞ』の一言とともに、こちらが差し出した商品を受け取り、こちらを見ずにレジを通す店員にちらっと視線を向けて、のっそりと財布を取り出す。


『420円になります』


いつもの金額にどことない満足感を覚えながら、はたと手を止める。


普段と違い、硬貨しかない。


ジャラジャラと小さく音を立てながら、1枚ずつコインを落とす。


店員は無感情に、ともすれば少し面倒くさそうにこっちを見ている気がして、少し気がせいてしまう。


いつもより少しだけもたつきつつ、支払いを終えてコンビニを後にする。


ああ


少しだけほてった顔に、朝の涼しい風が気持ちがいい。


明日もまた、同じように、ぬるいココアと食パンを買いに来よう。


そしていつものように、手早く帰れるように、お札も用意しておこう。


今日みたいな恥ずかしいことは勘弁願いたい。




『また来た』と、朝の作業をしつつ、同じ時間に、同じものを買いに来る客を眺める。


深夜から早朝の、1番暇で、1番しんどい時間の、終わりの際に来る、ちょっとしたイベント。


やはりまた、今日も微妙な温度のココアと、あんまり人気のない食パンを手に持ってくる彼を目で追い、『どうぞ』と受けとり、会計を進める。


いつものように会話もない、事務的なお会計が進むと、思っていた。


じゃらりと、いつもと違う音がする。


思わず視線を財布のある手元にむければ、ジャラジャラと小銭を漁る音。


ちらっと顔を見れば少し慌てている男性の顔。寝癖のある頭と、少し慌てて滑るコインを漁る姿が面白く、顔に出さないように眉間に力が入る。


『ありがとうございました』と見送り、少しだけ反芻する。


明日もまた、あのお客さんは来るんだろうか?


それが少しだけ、楽しみになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編集 手慰み 紫陽花 @9364huhuhu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る