第23話 揺らいだ結界

 アイストルスト王国に張られている結界に寄り添うように近付き、少しずつ。

 本当に少しずつ、私たちの周りに張っている結界を解いていく。

 

 少し瘴気が流れ込むと、結界を張り直す。

 私はともかく、この清浄になった空気からいきなり濃い瘴気の中に放り出してしまうと、人間である3人はあっという間に死んでしまうだろう。

 だけど、瘴気で結界の中ですら薄暗い。

 私が僅かに感じる瘴気が、人間にとってどれほどのダメージになるのかは、分からないし、ダメージが体内に蓄積しているのかもこの薄暗さでは見て取れない。

 

 そんな不安が心をよぎるが、それも今の私にはどうしようもない。

 そうやって加減をしつつ人間を国の結界の方に押し付けるように移動していると……。


「わっ? わわわっ」

 私はいきなり引っ張られるような感じになって、次の瞬間、地面に転がってしまった。

 一気に視界が開けた。

 ハーマンが、子ども達を抱き込んだまま転がっているのが見える。


 私は起き上がり、辺りを見渡した。


 夕暮れだろうか、少し薄暗い人通りが無い裏路地という感じだけど、アイストルスト王国の結界の中に入れた?


「すごいな、ナタリーは。ちゃんと戻れた」

 ハーマンも起き上がり、ボー然としながら言う。

 その腕には、まだ意識の無い子ども達がいる。


 いや……色々おかしい。

 結界どころか、物理的存在の壁まで通り抜けている。


「ああ、ここは。俺の家の近くだ」

「へ? ここって貴族街じゃないですよね」

 私は、ギギギッって感じで首を回し、ハーマンを見る。

 まずいって、貴族街に平民が迷い込んだりしたら……。ハーマンが居ても、罰せられてしまう。


「違う、違う。俺みたいに、家から切り捨てられて騎士になるような連中が、貴族街なんかに住めるかよ。平民と同じさ」

 そう言って、肩をすくめて見せる。

「この辺りは、騎士団の連中に割り当てられた住宅が並んでいるんだ」


 へぇ~、そうなんだ。

 ……って、感心している場合じゃないや。


「なら、ハーマンさんの家で治療の続きをしても、かまわないかしら」

 あまり人目に付きたくないし、近くなら子ども達を連れて行ってもらいたい。

「あ? ああ。それはかまわないが……」

 なんだか、歯切れが悪いな。

 もしかしたら、妻帯者……とか……。

 まぁ、10代後半でも貴族とかなら普通に結婚しているものね。

 それとも、童顔で見た目より年をとってるとか。


「……俺は独身だからな」

 変な方向に考えを巡らせていると、私の心を読んだようにハーマンが言ってきた。

「そうなんですか」

 私は悪びれる事無くそう言う。

「早く子ども達の治療をしたいと思っての提案でしたが、都合が悪いと言うのでしたら他の場所を……」

「あっ、いや。かまわない。俺はかまわないのだが……、散らかっていてだな」

 頭をガシガシ掻きながらハーマンはそう言った。

「私もかまいませんよ。子ども達とあなたの治療をするだけですから」

 私がそう言うと、ハーマンは半ばあきらめたように子ども達を両脇に抱え歩き出す。

 

 私はハーマンの後ろを歩きながら、少しくらい散らかっていてもかまわないのに……なんてのんきな事を考えていた。

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確かに聖女では無いですが ~いにしえの魔女の子ども~ 松本 せりか @tohisekeimurai2000

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