オレンジと緑

高梨開

オレンジと緑

「なんで当たり前のようにいるんですかねお前は」

「人待ちっす。先輩に用はないんでお気になさらず」

 部室に入ると窓際の壁をもたれかかって我が物顔でくつろいでいる先客はこちらに目を向けることすらなく手に持ったルービックキューブをカシャカシャいじっていた。ちなみにそのルービックキューブは俺の私物だ。6面揃えた状態で置いていたがお構いなしに遊ばれている。

 特別教室特有の背もたれのない椅子に荷物を下ろし自分も腰を掛ける。不均等な脚の椅子を引いたようで無駄にぐらつく。

「三浦ならさっき廊下で顧問に捕まってたぞ」

「マジですか、どんくらいかかりそうでした」

 ようやく視線を上げたようだが生憎答えは知らない。知るかと切ってカバンから携帯を取りだす。どうせ非難の視線でも向けられてるだろうが言われた通り気にしない。

「あ、校則違反。不良だ。没収されちまえ」

「残念ながら資料検索と言う隠れ蓑がある」

「ズル」

 15時の表示をスワイプしてパスワードを入力する。ホーム画面の無料チャットアプリに通知のマークが付いていた。

「いや少し誤魔化せよ、おもくそSNSじゃないすか」

「うるせぇさっさと六面揃えろ」

「無茶な」

 といいながらまたルービックキューブのプラスチックの音が聞こえ始める。今まで見た中でそろっていたのは一面が最大なので真面目に揃える気はないらしい。ペン回しのような、暇だから適当に指を動かす行為の一環だろう。チャットの返信にすぐに既読が付くことはなかったので真面目に活動することにしてペンケースとスケッチブックを取りだす。

「彼女さんっすか」

「正解」

 描いていいか。お好きにどうぞ。

 お互い手を動かしながら言葉を交わす。

「まだ続いてたんすね」

「さすがにそれは失礼だと思うが」

「彼女にまで塩対応してるのが容易に想像できるもんで」

「塩対応と言うかこれは自然体だから」

「少し演技してでも特別扱いした方がモテますよ」

「疲れそう」

「いつか愛想尽かされそう」

 カーテンがふわりと風をはらみ後輩を包むように揺れた。その数瞬を目に焼きつけ消しゴムを手に取る。

「彼女さんから花言葉はもう教わりましたか」

「いいや」

「別れた男がその花を見る度に自分を思い出すようにって花言葉を教えるんすよ」

 聞いてもないのに解説を始める。一瞬なるほどと思ったがよく考ええると分かれる前提で話しているのが癪に障る。

「いつまでも昔の女を引きずる男の愚かさたるやっすね」

 俺のロマンチックを返せ。先輩にロマンチストは無理がりますよ。

「あ、先輩見て見て二面そろった」

「へぇお前揃える気あったんだな」

「ルービックキューブに別の遊び方あるなら教えてくださいよ」

 揃えたルービックキューブの二面を嬉しそうに眺める。オレンジの逆光でルービックキューブの様子はよくわからなかった。

「先輩、ルービックキューブの花言葉って知ってますか」

「ルービックキューブが花であることを知らんかったわ」

「ロマンチストならなんかいい感じの考えてくださいよ」

 愉快そうに口角を上げる。手に持ったルービックキューブを目の前のテーブルに置いた。確かに隣り合う二面が揃えられていた。

「そんでルービックキューブを見る度に私を思い出すがいい」

「ルービックキューブの花と思ってるやばい女として覚えておくわ」

「全くロマンチックじゃないですね」

 ロマンチスト失格っすね、と呆れたといわんばかりに肩をすくめられるがそんな突拍子もないことで失格にされるのも納得がいかない。そのタイミングで三浦が部室に戻ってきたのでスケッチブックを閉じる。後輩も足元のカバンを手に取った。ルービックキューブはそのまま備品の棚に戻す。

 机の上の携帯には通知が来ていた。

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