コイに落ちるお年頃(最終版)

 某月某日、某所の雑居ビルの屋上にて少女が遠くを眺めていた。

 これといって特徴のない少女だ。ナチュラルボブに、高くも低くもない平均的な背丈。体型も一般的な少女のそれである。

 強いて挙げるならば宿痾の如き隈と身に纏うセーラー服が印象的である。

 群衆に紛れれば二度と出会うことはかなわないそんな平凡な容姿であった。百人にアンケートを実施すれば口を揃えて中の下と言うだろう。

 しかし今は雑居ビルの屋上である。彼女――東新彩芽を除いてアンケートに答える百人どころか人っ子一人そこにはいない。しかも靴を脱いで転落防止柵をよじ登っているとなれば話は百八十度変わってくる。反転する。

 今まさにこの町で一番センセーショナルな人間は東新彩芽、この人であると言っても過言ではあるまい。


 一説によれば自殺前に靴を脱ぐという行為は死後の世界へ行く際土足では失礼だという、礼儀の側面があるという。令和を生きる少女、東新彩芽がそれを知っているかはまた別のお話になってくるのだが。イヤホンを付けっぱなしで礼儀も何もあったものじゃないだろう。


 それは突然のことであった。彩芽は何の前触れもなくそれが当然のことであるかの如く迷いなく身体を宙に投げ出す。糸が切れた操り人形にも見える動きで身体は自然の摂理に従い自由落下していく。


 そこから彩芽が地上に激突するまでものの数秒もかからなかった。頚椎が衝撃でもげ、痛みを感じることなく人生に終止符を打つことも十分あり得る状況であった。

 しかし奇跡が起こったのだ。いや「奇跡」と表現するにはいささかその現象は陳腐すぎるかもしれない。幸か不幸か、はたまた無意識的な防衛本能か、下は生垣であるのに加えセーラー服という空気抵抗を強く受ける衣類を着用していたため、彩芽は骨折等の負傷、衝撃によるブラックアウトはすれど命に別状はなかったのだ。


 意識を失っていたのはほんの数秒のことであり、目を覚ましたのは落下地点を偶々歩いていた学生服の少年に生垣から救出されている最中であった。「生垣から救出」ということはそれ即ち抱きかかえるということでありお姫様抱っこの形になる。

 彩芽が目を覚ましたことに気付いた少年は有事の際とはいえ同年代の女子を横抱きしたことに罪悪感を覚え彼女に謝罪の言葉を投げかける。邪な気持がないことと下着が見えないよう配慮したことと共に。


 しかし少年の憂慮とは裏腹に彩芽が気分を害することはなかった。むしろ、朗らかな笑顔で少年に対して言葉を返す。



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ハッピーエンド厨意報 弥生奈々子 @share

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