第4章-3

 恵太は差し出された物の意味が理解できなかった。遥の手にあるそれは、恵太が受け取るべきものとは到底思えない。

「それ、幽霊のだろ。なんで俺に?」

 一瞬なんと呼ぼうか迷ったが、呼び慣れた名で呼んだ。差し出されたのは、遥がいつも使っているスマホだった。

「本当に? よく見てみてよ」

 促され、恵太は手に取って表も裏も見比べる。白いプラケースに入れられたそれは、言われてみれば見覚えがある気もした。懸命に頭の中の映像を呼び起こし、見つけた。小さな手に包まれているその瞬間が脳裏に浮かび、思わず声を上げそうになった。

「唯のだ。なんで、今まで気づかなかったんだ」

 その答えを恵太はすぐに理解した。トレードマークのピエロが無くなっているからだ。唯のスマホはいつも、あのピエロがくっついているのが当たり前だった。それが莉花の手に渡り、何も付けられていないスマホは恵太の見慣れないものと化していた。

「これ、なんで幽霊が」

「唯ちゃんが、喫茶店に置いて行ったの。初めは忘れ物だと思ってたんだけど。でも、何日待っても取りに来ないから、悪いとは思ったんだけど中を見たの。登録されてる連絡先をあたって、本人に知らせられたらって思って。そうしたら」

 遥は声を詰まらせ、目を逸らしてから言った。

「中身は、君の目で確かめたらいい」

「でも、それならなんで今まで持ってたんだ」

「言ったでしょ、ムカついたからだって」

 遥は自分の肘を抱き、庇うように俯いた。吐き捨てるような言葉とは裏腹の、本心を押し殺している姿のように思えた。

「ムカついたからって、亡くなった人の大切な持ち物を隠し持ってたのよ。そのうえ君を騙して、連れ回したりして。最低でしょ。だから君は、私を許したりなんかしなくていい」

 恵太は言葉に詰まった。遥は責められるべきなのだろうか。遥とのやり取りを思い出す。唯を信じろと、柄にもなく声を荒げていた。傷心の彰高に、前を向くよう説いた。その彼女に、悪意をもって恵太を騙そうとした意思があったとは思わない。そう結論づけようとしたときだった。

「さようなら。これで、会うのは最後だね」

 扉に向き直り、ドアノブに手をかける遥を、恵太はただ見ていた。遥の突き放したような冷ややかな口調は、恵太をほんのわずかな時間凍り付かせた。振り向くこともなく扉の向こうの暗がりへ消えていく姿に、ようやく我に返った。

「おい、幽霊。待てよ」

 恵太が何度か呼んだ声は、遥に届かなかっただろう。遮るように、冷たい鉄の扉が恵太と幽霊の境を仕切っていた。 

恵太はしばらく扉を見つめた後、握ったままのスマホに目をやった。

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