第1章-5
歩いていると、たくさんの直線が目に触れる。窓枠、電柱、排水溝、ブロック塀。顎先をさすりながら、恵太は考えを巡らせた挙句に首を振る。そのどれもが人工的であり、『人類最初の』というキーワードと結びつくとは思えなかった。何か手掛かりがあるかと製作工程を想像してみても、どれも定規なりコンピューターなり、既存の直線があって作られていることしか分からない。
唯から出されたクイズは、二日経ってもそれらしい答えを出せていない。今日は珍しく、唯が体調不良とやらで学校を休んでいた。恵太の記憶では初めてのことだ。星井や他の誰かにクイズの助けを求めようとも考えたが、切り出すタイミングがなく、結局放課後に至っている。
行き詰まりを感じ、授業後あえて駐輪場には直行せず、学校の周辺を歩いてみたところだった。唯が作った奇抜な問題に、自分の頭の固さを思い知らされているような気分だ。
恵太は思考をリセットするため、もう一問の問題を思い出した。唯の発想の傾向から、何か導き出せないかという苦しい作戦。
人間が笑うのは、楽しいと伝えたいからだ。
それが唯の出した問題と、仮説だ。反芻して、恵太は苦笑する。何の手掛かりにもならないという嘲りと、唯の独創性への驚きが入り混じっていた。
『ね、楽しい』
ぱっと笑った唯の顔が、容易に思い浮かぶ。確かに唯の楽しさが伝わった気がして、恵太は考えるほどその仮説が正しいように思えた。
学校の周りを一周したところで、我に返って目的を思い出す。直線の作り方を考えなければいけない。そう思って頭を切り替えようとしたが、楽しそうに笑う唯の顔がなかなか消えてくれなかった。
「変なやつ」
無意識に口に出して、恵太はまた苦笑いを浮かべる。
「よう、恵太じゃん」
聞き慣れた声に、反射的に振り返った。ほとんど同時に竜海が軽く肩を叩いてくる。竜海の後ろに、一年生の時のクラスメイトの姿が続いていた。
「何してんだ? 帰らないのか?」
学校の外で自転車に乗っていないことを不思議に思ったのだろう。竜海が眉を上げた。
「ちょっとな。あ、そうだお前。世界で最初の直線ってどうやったか分かるか?」
「ん、なんだそりゃ」
「唯が考えたクイズなんだけどさ、いろいろあって答えないといけねえんだよ」
「唯、か」
竜海が短くその名前を呼ぶ。一瞬浮かない顔になったように見えたのが、恵太は引っかかった。疑問を口にしようとした時、竜海の背後から声がかかった。
「お、坂井。ちょうどよかったじゃん」
上本だ。最後に話したのはいつか思い出そうとしたが、一年生の時ということ以外は見当がつかない。
「なんだよ、ちょうどいいって」
恵太の問いに、上本ではなく竜海が口を開いた。
「そうそう、恵太に用事があったんだ。今度俺ら、他校の奴らと遊びに行くことになってな。女側は四人なのに、男が三人しかいないんだよ。恵太来てくれよ」
「再来週の土曜日だぞ。いい話っしょ?」
上本が跳ねた長い毛先を揺らして、身を乗り出してくる。
「あー、どうするかな。考えとく」
「なんだよ、予定でもあんの?」
恵太が即答を避けると、上本が不満げに声を落とした。
「まあ予定っていうか」
恵太は無意識に断る口実を探していた。なぜそうしようと思ったのか理由も考えず、まずこの場を乗り切ることに力を費やした。続きの言葉を探すが出てこずに、あやふやなまま竜海と目が合う。竜海が加勢してくるかと、恵太は面倒な展開を予想した。
「ま、今決めなくてもいいけどな。他に行きたい奴がいたらそっち優先するぞ」
恵太の想像の中の、暑苦しいぐらいしつこく誘う竜海の姿はそこになかった。あっさり踵を返し、上本もそれに倣って恵太に背を向けた。上本が「じゃあな」と短い挨拶を入れ、恵太も手だけで応える。去り際に竜海が振り返ってきたが、何を言うでもなく上本の方へ向き直り去っていった。
恵太は駐輪場へと足を向け、再びクイズの答えへ気持ちを向ける。その間も、唯の笑った顔が離れてくれなかった。
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