老練な識者大師と悪逆の去来大師 1
「やはり、タイバさん……か……。逃げたと見せかけ、
脱出の要となったのは、間違いなく、手に持つ大剣であろう。
(なに、あの剣……? 美名の
シアラの剣は、長さや幅はクミが考えたとおり、「嵩ね刀」に似通うが、刀身が妙に輝いて見える。違いとしては、剣先が欠けているのもあった。一見してひどく荒れた折れ口なので、ともすると、今この時、囲いを破壊するために破損したものかもしれない。
あれも
「……ぬかったわい。
「バルデ……」
千年前の名工の魔名が端緒となり、クミの記憶が呼び起こされる。
宵闇に刀身を光らせ、舞うように敵方を払っていく女剣士の姿。
セレノアスールで見た歌劇、「
(そっか……。あの剣……。今持ってるアレじゃなくて、さっきの剣。リィに傷を負わせた、あの、ひどく曲がった剣。アレって、リン大師が持ってた剣と瓜ふたつだったんだわ……)
シアラが「
それは、刀ではなく使い手。
ヨ・ハマダリンについてである――。
(リン大師……。リン大師……? そうだ……、リン大師なら……)
クミに瞬いた閃き。
「ヨ・ハマダリン」。
クミと同じ境遇の彼女なら――ヒトの姿の
だが、ネコがその閃きに思い至るやいなや、事態が動いていた――。
「ニクリ! 例の『
「の、のん!」
識者の大師ノ・タイバは、
指示を受けたニクリも、ネコの前に立ち、「
「閃き」について語る暇なく、戦端はふたたび開かれてしまったのである。
「今度はあなたが相手か、老大師……」
「不服か?! 若造めが!」
駆け迫るタイバと、迎え撃つシアラ。
鏡の残骸がキラキラと輝くなか、大剣と杖とが火花散らし、しのぎを削る。
「ひよわなご老体で、剣闘を仕掛けますか?!」
「お前様に間合いを与えては、また、何をしでかすやもしれんのでな!」
「なるほど、賢明だ!」
「老体とみて侮るでないぞ!」
肉迫しての打ち合い。
相手の大剣は見るからに殺傷力が高そうだが、間合いを詰めたなかでは取り回しに不利がある様子。小器用に振り回され、打ち据えられるタイバの杖に対し、シアラは防戦一方を強いられている。
(か、勝てそうに見えるけど……。でも……)
「変理」のことを告げたほうがよいか。
だが、このまま打ち倒せるのなら不要になるか。
いや、放っておけば、タイバがシアラの命を奪ってしまう結果にもなりかねないのでは。
それ以前、ハマダリンに「変理」は為せるのだろうか。確証はあるか。
約束したうえで反故の結果にしてしまえば、事態はより悪化するのではないか。
クミがさまざまに思惑を巡らすあいだも応酬は激しく重ねられていく。
加えて、そばのニクリから「クミちん」と声がかかった。
「ゴメンだのん。クミちんを抱き上げるのは、今、出来ないのん」
「あ、ああ、うん。ダイジョブよ。リィの
「そうじゃないのん……」
「え……? ひっ?!」
クミのすぐ横で地面が破裂する。ニクリの雷撃が穴を開けたのだ。
ふいの魔名術に驚いたネコは、態勢を崩し、コロコロと転がり落ちていってしまった。
「ぷっ……。わぷ、ちょっと、リィ?!」
「クミちんは、そこに隠れててのん。リィも黙ってないから……」
穴の底から見上げた少女の顔は、ただならぬ決意にあふれている。
クミは、「ああ、そうか」と感じ取った。
負けず嫌いの気質は、ニクラだけでなく、
一方、肉弾戦の場――。
「老人が、まとわりつくな!」
シアラが吠え上げるも、タイバは臆しもせず、乱打を浴びせかけていく。
やはり、手数の多さにおいて、優劣は明白。
「それだけ疲労があれば、お前様も……ジジイと変わらんて!」
「……ぐっ?!」
タイバのひときわ大きなひと振りに、シアラは剣の腹で応じる。
大師ふたりの
「……くっ、ぬ……。タイバ……」
「……う……ぬ?」
「老齢のにわか仕込みが……、通用すると思うな!」
「……がっ?!」
老師の腹部に蹴りが入り、突き飛ばされてしまう。
鋭い
開かれた間合い、大剣にとっては絶好の間隔――。
「死に去れッ!」
巨大な岩石が落ちるように振り下ろされた「玉世喜」――だが、その一刀が老師に届くことはなかった。
それよりも速く、何かが
「ッ?! ハ行ッ!」
迫ったものは、雷光。
まっすぐ直上より襲い来た雷撃ではあるが、赤毛の頭の寸前、「
シアラは、ふいの波導術に気付き、対処するため、攻勢から守勢への急転を余儀なくされたのだ。
「……ニクリさん」
目を配すと、波導の少女が平手を向けている。
その眼に先ほどまでの戦意を取り戻し――いや、それ以上の闘志を
(……あれほどに打ちのめし、
「どこを見ておるッ?!」
「ッ?!」
余裕を与えず、老大師の猛打が再来。
シアラはまたも、守勢に徹さざるを得ない。
「お前様……、起こさなくてよい子を起こしたな」
「くっ……」
「
得物を叩き、ジリジリとせめぎ合うかつての同格、タイバとシアラ。
ふたりは、お互いを射殺さんばかり、猛る眼光をぶつけるのだった。
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