老練な識者大師と悪逆の去来大師 2

「カネ集めに取りかれただけの老人が、よくも言ってくれますね……。その細腕でこのようなちからくらべ、いつまでも続けられるとは思わないことだ」

「お前様とて片手ではちからも入りきりはしまい?」

「……」

「同じような得物を振り回す相手と争うたことがあるが、ここぞという時、使ぞ」


 この接近戦において、タイバが優勢を確信する理由がこれだった。

 かつての美名との戦い。かさがたなとの決闘。

 その経験が、タイバの有利を裏付けてくれる。

 すなわち、嵩ね刀となりが似通うこの大剣、威力が高いことは当然予想されるが、結局のところ、渾身の一撃を打たせなければよいのだ。余裕を与えないようまとわりつき、細かく、多くの攻勢を仕掛けていけばよい――。


「ほれ、ほれ、ほれッ!」

「く、うッ、この――」


 そうはいっても、腰の曲がった小柄の老人と壮齢そうれいの男とでは元からの運動能力に差がある。それを補うのに、鉄杖てつじょうはもとより、土の地面や衣服――タイバはを用い、雨降るように打撃を繰り出していた。

 だが、相手も当然、不利をくつがえそうと図ってくる――。 


「……むっ?!」


 攻勢の最中さなか、突如としてシアラの姿が消えた。


去来きょらいか?!)


 気配を探ろうと老大師が見回すより早く、背後に大剣を振りかぶる影が現れる。

 しかし――。


雷矢らいしッ!」

「くッ?! ハ行!」


 その奇襲を防いだのは、波導はどう大師ロ・ニクリ。

 片手が不能になったとはいえ、出現位置を的確に見定め――いや、ことができ、縦横無尽に雷撃を放てる少女が、敵の逆襲を許しはしなかった。

 雷の矢は、体幹を正確に狙っていた。タイバを葬るために攻勢を続けていれば、まず間違いなく、シアラの胸は雷の矢に貫かれたことだろう。ゆえに、斬撃を中断し、「何処いずこか」に飛ばすため、去来術を展開せざるを得なかったのだ。

 その間隙かんげきをつき、タイバ大師がふたたびまとわりつく。

 

「どうじゃ、シアラよ?! 相談も無しで、わしらの連携はなかなかのものじゃろうて!」

「……いちいちかんに障る爺様が!」

「あとはどちらが先に潰れるかじゃ! なれば、先に消耗しとったお前様に不利があろうぞ!」


 消耗戦――確かに、このまま続けていけば、どちらかの体力に限界をきたしたとき、決着となろう。言葉にしたとおりで、タイバは、体力の面でもがあると踏んでいる。

 だが、相手は油断のならない敵、叛徒はんとシアラ。確実とまでは言えない。

 ゆえに、老練な識者しきしゃ大師はを仕掛けた。自ら「消耗戦」と口にすることで注意を逸らしつつ、着々とのだ。

 それは、ふたつの識者術とひとつの期待から成る――。


「タ、タイバ大師……」


 鉄杖の殴打と大剣での受け。

 激しい応酬の合間、敵からのか細い声があった。


「カネを積みます」

「んんッ?!」

「望むだけのカネを積みます。ですので――」

「見逃しくれてか?!」


 カチリと得物を弾き合わせたあと、タイバは、杖を引きつける。

 ちょうど仕込みの魔名術が終わったところ、タイバは、相手のこの誘いを機会到来と見定めた。


「そんなもの、遅すぎる商談じゃ!」


 大きい動作をつけての殴りかかり――しかし、タイバ大師のこの大振りは、だった。


「――遅いのは、あなただ!」


 隙ありと見て取ったシアラは、胴斬りの一刀を仕掛けてくる。

 だが、この胴斬りこそ、タイバの目論見の通りだった。

 自身が大きく上段に振りかぶれば脇腹がガラ空きになる。そこに斬りかかるよう、誘った罠だったのだ。

 老師の狙いどおり、刃を立てて迫った大剣。

 だが、その凶刃は、老人を両断――しなかった。


「なっ?!」


 シアラの大剣は、老人の身体に触れたところで反発した。まるで、かのよう、跳ね返ったのだ。


 タイバが仕込んだふたつの魔名術――そのひとつは、「ナ行・弾化だんか」。

 弾力性を与えた衣服が、「弾むように跳ね返した」原因である。自らの身に着けているモノへの識者術であるから、これは特に問題なく、すぐに仕込み終えることができた。

 そして、もうひとつ仕込まれたのは、「ナ行・鈍化どんか」。

 これは、受ける衣服に弾力性を加えたものの、万が一にでも斬られぬよう、シアラの得物をなまくらにする目的で仕掛けたものだった。

 識者術が通用しない神代じんだい遺物を模倣したとはいえ、かの名刀「玉世喜たまのよのよろこび」も結局のところはヒトの創作品。千年不滅の識者術をほぐすよう、術がけに気付かれぬよう、これまでの競り合いのたび、タイバは、鈍化の術を徐々に重ねがけしていった。今や、「バルデの四器しき」は、刀身の輝きも失い、切れ味をひどく落としている。

 こうした計略の結果、大剣は、老人の矮躯わいくを斬り抜くことかなわず、跳ね返されたのだ。


 シアラにとっては必殺の気勢で仕掛けた一刀。

 その勢いの思わぬ反転。

 に支えきれるものではなかった――。


「くッ?!」


(よしッ! すっぽぬけおった!)


 シアラの手から、柄が離れていく。大剣が空に飛んでいく。

 敵の武器は失われた。

 しかし、当然、タイバの計略はここにて完結するものではない――。


「ニクリ!! 撃てぇッ!!」


 大声を張り上げつつ、タイバは、渾身の一打を目掛けていく。

 自身の打ち据えと少女の魔名術。武器を失った相手の困惑に間を置かず、ふた通りの攻勢でもってシアラを打倒する。ここまでがタイバの目論見なのであった。

 事前の示し合わせなどしていないが、ひと声上げれば必ずや合わせてくれる。意図を察し、最上の一矢いっしを放ってくれる。

 タイバはニクリに対し、そう期待したのだ。

 そして、期待の通り――。


(仕留めた!)


 視界の下端にて、雷撃の一条がシアラの胸を貫通した気配があった。眼前では、敵の頭に殴打を見舞った結果があった。

 杖を伝ってくる、石壁を思いきり叩いたような痺れと感触。間違いなく、致命に足り得る一打である。

 だが――。


「仕留めました」


 次の瞬間、タイバの身体は、盛大に血飛沫ちしぶきを噴いた。

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