明朗の波導大師と悪逆の去来大師 4
「剣……? シアラ大師は、剣も使えるの?」
「……リィは、知らないのん」
「そういえば」とクミは思い出す。
だが、今、不敵に
ならば、シアラの自前の武器であろうか――。
(でも、なんか……。アレと似たようなの、どっかで見たような……)
円弧のごとく強く、
だが、思い当たるよりも先、頭上のニクリから「ダイジョブだのん」との声がかかった。
「ダイジョブだのん。近づけさせなければ、剣だって怖くないのん」
「近づけさせなければって……。できるの?」
「……もう、手加減はしないのん」
少女の静かな言葉は、「もはや相手の生死を気にかけない」――そういう意味が込められているよう、クミには聞こえた。
しかし、刀を出してからこちら、漂いだした不気味さは拭いきれない。
相手も当然、大師職にあったのだから、魔名術のことを熟知しているはずである。近接武器の刀剣など、ニクリの「
加えて、相手の態度もあった。
素人目にも、シアラには、美名や
「何かあるわ、アレ……。気を付けて……」
「のん……」
警戒する少女らを嘲笑うように、曲刀がゆっくり振りかぶられる。
それでもまだ、仕掛けてくるような気配ではなく、不気味な感が増すだけだった。
「ニクリさん……。残念です」
「……?」
「あなたはもっと早く……、私を殺しておくべきだった!」
少女に目を留めたまま、敵は、得物を振り下ろす――。
「?!」
それは、まったく予想外の行動だった。
振り下ろされた剣は、間合いもまだ遠く、刀身が少女らに届くものではない。明良の
シアラの行動は、「少女らに対する攻撃」ではなかったのだ。
ならば彼は、いったい何を斬ったのか――。
「ひゃあ?! な、なんで?!」
シアラが斬ったもの――それは、自らの手首。
「なにしてんの、えぇ?!」
太い血管を傷つけたか、
彼はいったい、何をしたのか。しているのか。
あまりの不可解さに困惑するばかりのクミだが、事態はさらに混迷する――。
「んのぁッ?!」
ネコの身体がガクンと揺れる。と同時に、遠くに見ていたはずの血飛沫が、突如、クミの眼前でも噴き出した。
だが、異変に見舞われているのは自分じゃない。
自分はただ、揺らされただけだ。
それは、自分を抱えた少女が揺れ動いたため。
ならば、異変が起きているのは――。
「リィ?!」
鮮血の出どころは、クミの眼下、すぐ近くにあった。
ニクリの細腕。
羽織からのぞく、色白の手首からである。
「ん、な、なぁ……」
「ちょっ、え?! どういうコト?! リィ、ダイジョブ?!」
「血が……、血が、止まらないのん……」
だが、手や指のすき間から、ドクドクと鮮血が漏れ出してくる。
何がどうなっているのか混乱するばかりだが、もし、ニクリの出血の原因が負傷であれば、出血の量からして小さなものではない。
「ちょ、しゃがんで、リィ! しゃがんで!」
「でも……」
「いいから!」
怒声に
少女の背後に回って
「腕を下ろして!」
「のん……」
「その手もどけて! あぁ、いや! ここ、ここ! ここを抑えてんのよ! 強く!」
手がどかされると、多少の出血をクミも浴びてしまったが、指示された肘の内側をニクリが抑えると、その勢いも弱まった。
手首をのぞきこんだクミは、息を呑む。
(やっぱりこれ、パックリ……。斬られたみたいになってる!)
クミは、負傷部に帯布を巻きつけていく。
不可解さで頭が混乱しつつも、小さな両
(なんで、なんで……? どうして……?)
なぜ、ニクリは負傷したのか。
剣撃を受けたわけではない。直接的な魔名術の様子もなかった。
ならば、なぜ――。
「手際がいいですね、クミさん」
処置が終わる間際にかけられた声。
位置も変えず、立ち尽くしたままのシアラに、クミは睨みを返す。
「リィに何したの?!」
問われたシアラは、自身の得物をうっとりとでもするように眺め下ろした。
「神代遺物・
「神代遺物……? その刀も遺物だっていうの?!」
「ええ。
(天咲……。私たちといっしょにいたとき……、そんなものを……?)
「この刀の遺物としての特性は、『
「反射ですって……?」
不可解さと憤りで頭がどうにかなってしまいそうなネコは、相手の立ち姿にさらなる不可解さを感じ取った。
(シアラ大師の傷は……? さっき、自分で斬った傷は? 血も垂れてないし、
当惑するクミの様子にふっと笑いかけてから、シアラは目を移していった。
「いかがですか、ニクリさん?」
「……」
「腱と血を断たれ、うまく動かせない左手……。それでもまだ、至高の魔名を響かすことができますか? まだ、勝てるとお思いですか?」
ニクリは、自分の左手を見、相手を見、それでも何も答えない――いや、答えることができないでいる。
青ざめた顔色に、焦燥と悔恨。
そんな少女を見上げ、クミも事態の深刻さに気が付いた。
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