ネコ オンジ跡編

追跡者と物淋しい岬 1

 時刻は明け方。居坂いさかの反対側で、美名と明良あきらがヤマヒトを発った、ちょうどその頃合いである。

 ところは、本総ほんそう大陸の第八教区管轄、北西部の沿岸地域――。


「イバちん。もうそろそろだのん?」

「うむ。あの山を越えれば、もうすぐ東大洋とうたいようも見えてこよう」


 冬晴れの気配漂う朝焼けの空、ひらひらと舞う絨毯じゅうたんのうえ、タイバ、ニクリ、そして、クミの姿がある。彼女らは、福城ふくしろの遺物庫を襲った犯人を追い、この地に至っていた。


 ここまで、「指針釦ししんのこう」での追跡は難航したものだった。

 対象者の位置を示すはずの針は、プルプルと振られたように揺れてあてにならず、発光の色も変化するが規則性が見られない。識者しきしゃ大師の色見いろみ術をもってして、色が変わったことを感知するのがやっとである。

 「ナ行・色見」の術は、「色を数値として認識できる」、ナ行識者の初歩術。あわむらさきの「一九〇〇〇」が最小値で、その後は青、緑、黄、赤と数値が進んでいき、「三九〇〇〇」を末尾として、深紅しんくを表す。なぜこの数値なのか、解明されてはいないが、色の並びは虹に見られる順序と同一であることは知られていた。

 そんな色見の術、ましてや使い手が当代の識者大師であれば、微々たる色変化も逃さず捉えることができたが、前述のとおり、追跡行は順調とはいかなかった。

 一方向に進んでいって数値が下がっていくこともあれば、ほとんど変化のないときもある。ひどいときには、こちらの方向だと当たりをつけて進んでいくと、急に青数値に反転することもあり、探しビトを尋ねられるという神代じんだい遺物いぶつは、まったく機能せずにいたのである。

 かつて、明良がうろ蜥蜴とかげを追った際、このアヤカムが「ハ行去来きょらい何処いずこか」に隠されていたためか、指針は回転するばかり。色味だけを頼りに探り当てたということだったが、これはまた違った挙動のようでもあり、ただただクミたちの疲労も重なるばかりだった。

 それが一変したのが、昨晩のよいの口のこと。

 右往左往しながら辿り着いた小豊囲こといの近辺、仮眠休憩を取っていた際、タイバが気付いたのである。


『これは……、もしや、オンジかもしれんの……』


 オンジ。三十年前に存在した町。名づけ師トジロに聞かされた、悲劇の土地。何者かに壊滅させられたというその場所は、いわば、この騒動の発端であろう。

 それまで、どうにか辿ってきた道のりは、福城ふくしろを発って北に進んできたもの。範囲が広く、予断はできないが、この進路であれば因縁のオンジ跡地が視野に入ってくる。タイバは、そこに犯人が隠れ潜んでいるのではと考えたのである。

 そして、その予想は当たっていた。


「遺物はどうだのん?」

「……針は相変わらず安定せんが、光は……、うむ、赤味に変わってきおったぞ。もう近いようじゃ」


 絨毯は尾根を飛び越え、一同の視界が開ける。

 遠く望む大海。草木もやせ細ったような荒涼の大地。段々と明けゆく空ではあるが、眼下においては山が影となっており、暁闇ぎょうあんも晴れきっていない。


「海がキレイだのん……。水平線に、まだ星も見えるのん……」


 未踏の地の光景に目を輝かせる少女大師だったが、傍らのネコがあまりに静かなままなので、「クミちん」とうかがうように声をかけた。


「もう少しだのんよ、クミちん」

「あ……、うん……」

「もうすぐで、ベリルちんのかたきも、プリムちんの仇も、消えちゃったヒトたちの手がかりも、全部解決するのん」

「うん……」


 気のない返事に首を傾げるニクリは、ネコのあしの下に紙片があるのを見つけた。連絡に使用している神代遺物・相双紙そうぞうしである。

 その紙面は、依然としてまっさらなままだった。


「美名ちんたちからのお返事、来なくて心配なのんね……」

「うん……。『これからゼダンに会う』ってのがあったっきりで、ひとことも返ってこない……。なにかあったとしか思えないわ……」


 ヒゲ毛をへたらせるネコに「むむ」と表情を曇らせかけるニクリだったが、ふと、「ダイジョブだのん」と快活な声を上げた。


「美名ちんも明良ちんも、バリちんもグンカちんも、みんなメキメキだのん! ダイジョブだのん!」

「……メキメキって、なに?」

「メキメキはメキメキだのん! だから、心配しなくてダイジョブのん! ゼダンさんにも誰にも、メキメキのみんながやられたりするわけないのん!」

「……ふふ。ありがと。励ましてくれるのね」


 クミは、思いめぐらすような間を置いてから、「うん」とうなずく。


「……そうだね。あっちのことは、今の私たちには信じることしかできない。こっちもこっちで正念場なんだしね。気を引き締めないと」

「そうだのん、クミちん。その意気だのん!」

「よぉ~し……。遺物ドロボウ、とっ捕まえよう!」

「のぉん!」


 絨毯が揺り動くほどに活気づく少女とネコ。

 老大師は、その勢いに添えるようにゆっくり、手持ちの鉄杖てつじょうの先端を向かう先の景色へ差し向ける。


「あれじゃ。あの海岸が、トジロいわくの場所じゃ。ほれ、もう目視もできよう」


 クミが目を向けてみると、海岸の並びにひとつ、張り出したような岬があり、その手前に妙に形のよい小山がある。岬の突端には巨大な十字の陰影が見て取れた。小山は話に聞いていたオンジ住民の合同墓で、十字は墓標になるのだろう。

 背後でキラキラと輝きだした海原とは対照的に、どこか暗い光景に見えた。


「なんだか……淋しいカンジね……」

「こんな荒れた土地にあんな墓標。盛況じゃとしたら、そっちのほうがおかしいじゃろうて」

「それはそうなんだけど……」


 やりとりも早々に、タイバは手元に目を落とす。


「まだ指針釦も真っ赤になりきらんが、近いことは間違いないじゃろう。日が出きってしまえば、空は目立つ。あの岬の付近に降りて、あとは様子を窺いながら探ろうて」

「そうね……。そうしましょ」

「のん」


 絨毯は、ゆるゆると高度を落としつつ、海岸に向かう。

 まもなく三人は、三十年前、オンジの住民らが葬られた地に降り立った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る