らしくない言葉と研究意欲

 夜もけだしたアサカ宅前で、一同が出揃っている。

 美名と明良あきらは、羽織はおりをしっかりと着込み、背負しょい袋を担いだ姿。ふたりはこれから、ヤマヒトを出立しゅったつしていくのである。


「本当に、休んでいかれなくてよいのですか?」


 名づけ師メルララが、対面する美名に向け、心配そうに問いかけた。


「おふたりとも、ずっと寝ていないのでしょう? もし、道すがらで倒れてしまったら……」

「大丈夫です。いよいよキツイってなったら、そのときに仮眠をとりますから。今は少しでも早く、グンカ様のところに戻れるようにしないと……」

「無理はなさらないでくださいね」


 力強くうなずく美名と、うなずき返すメルララ。ふたりは、両手で抱擁ほうようするような握手を交わす。


「次にお会いするときには寿ことほぎを述べられるよう、準備しておきますね」

「……もう。美名様ってば……」

「ふふ」


 クスクスとひそやかに笑い合う女らを余所よそに、明良は、クメンとゲイルとに向かっていた。


「クメン師。偶々たまたま居合わせただけなのに、いろいろとたすけてもらってすまない。この詫びは、また、お互い無事に再会できたときに必ずしよう」

「お気になさらずに。わたくしたちも、久しぶりにお会いできて楽しかったですから。ね、ゲイルさん」

「いやいや、いやいや!」


 ゲイルは、「ハン」と息を吹き、ふんぞり返った。


「お二方ふたかたはどうだか知りませんけどね、少なくとも俺は違いますよ。美名ちゃんはともかく、こんな無愛想なヤツと再会できたからって、誰が喜ぶものですか」

「そうですか? 私には、御父上に叱られ、あれだけしょげかえっていたが、ずいぶんと元気になったように見えたのですが……。特に、『よきヒトは大事にしろよ』とかなんとか、説法をくわえていたところで……」

「ちょ、クメン様?!」


 の慌てぶりに耐えきれず、クメンも明良も笑みをこぼす。


「……ゲイル。助かった」

「おう」

「この村の……、俺の故郷の友人、ピロや未名みな、お前の家族にも会わずに行くが、もし機会があれば、恩知らずのくろ未名みなは、なんとかやっているぞと伝えておいてほしい」

「俺は何も言わないぞ。落ち着いてからでいいからまた帰ってきて、自分で言え」

「む……」

「それと、アイツにはもう魔名がある。『ヒカリ』ってのが魔名だ」

「『ヒカリ』……? 『ひかり』か……。もしや、意味を持つ名か?」

「そうだ。メルララ……さんが授けたんだ」

「そうか。『光』……。アイツに似合う、いい魔名を授けてもらったんだな……」


 その後、代わるようにして、美名はゲイルとクメン、明良はメルララにと、ひととおりの挨拶を交わすと、最後にふたりが並んだのは、これまでひと言も発さず、壁に背凭せもたれていたアサカの前である。

 はじめは、ゆかりある少年が何か言うものかと待っていたが、彼はなにもしゃべらず、所在なさげにするばかりだったので、美名がまず一礼をした。


「アサカ様。大変お世話になりました」


 言われた老人は、早寝の習慣で眠たいのだろうか、半眼はんめの表情をぴくりとも動かさない。


「また、あらためてお伺いいたします」

「来るならば、常識のある時間にしろ。あとは、奇天烈きてれつ奇譚きたんさえ手土産とすれば、俺の方は別に構わん」

「……ホント、話し方から何から、明良とそっくりですね」


 アサカは、片眉をひそめてみせる。

 美名の横で、少年もまた、同じ仕草をしていた。


「……頼んだぞ」

「頼む……? 何をですか? アサカ様」

「この未名は……、いや、今はアキラか……。融通が利かず、不出来な男だ。君のように柔軟で意気いき軒高けんこうな連れ合いが傍にいてくれるくらいが丁度よいのだろう」

「……」

「よろしく頼んだ」


 言ったきり、アサカは居宅に入っていった。

 それを見送ってから、美名の隣で少年が舌打ちを鳴らす。


「アイツめ。らしくないことを……。行くぞ、美名」

「え、あ……、うん。クメン様。メルララ様、ゲイルさん。魔名が響きますよう」


 そうして別れを告げると、美名と明良は、晴れ間の見えてきた夜空に飛び上がっていくのだった。


 *


 クメンらが居宅に入ると、すでに寝入ったと思っていたのに反し、アサカが待ち構えていた。


「ゲイル。貴様、このヤマヒトに帰ってきたのか?」

「え……?」

「とりあえずの帰郷かどうか、それを訊いている」

「あ? 俺はまだ、名づけの旅に同行させてもらうつもりだけど」

「そうか。なら、貴様らまとめて、あと一、二週ほど、俺に時間をくれないか?」

「え?」


 居室に場所を移してから、話が続けられた。


「蔵の改築をしたい。それと、必要になるかもしれんから、『冷水ひやみず』の薬をさらに作っておきたいのだ。そのために人手がいる。当然、その分の賃金は支払おう」

「俺は構わないけど……。クメン様たちは……?」


 目顔で問われたクメンとメルララも、了承した様子でうなずいた。


「ですが、アサカさん。薬のほうはいいとして、改築というのは……?」

「あのむすめの話に興味が沸いた。神世かみよの不可思議……、『カガク』とやらの数々は、おそらく、『力量の変換思想』が根底にある」

「『力量の』……『変換』?」

「神世では、個々人の魔名にらず、誰しもが『動力どうりき車』や『伝声でんせい』のような利便にあずかれている。仮に、推測を立てるなら、『伝声の技術』は発せられた音声を変換し、受け手側で復元している……。魔名術でなく、普遍の技術で可能としているのだ。あの娘が見た『小さな板』がその凝集なのかはともかく、『変換』の術を発達させている。ン? あるいは、『保存』もか?」


 ひとり語りのようになったアサカは、少しして、聴講者たちがピンと来てない様子なのに気付いた。


「判らんか? 音だろうと、物だろうと、ちからだろうと、のだ。貴様らにも判りやすい例を挙げるなら、火だ。火が消えたように見えるのは、別の形に変わったがゆえ。くときも同様。火が発する光と熱は、何か元となるものがあり、それが変換されてできたものだ。これは必ず、居坂にも通じることわりに違いない」

「いや、アサカじい……。判らねえよ、全然……」

「……ふん。まぁいい。とにかく、その『変換』の研究のため、蔵を改築したいのだ。今、仕掛かっている『継承記憶』の研究は、解明できたとて使いみちがなさそうだと、興味も半ば尽きかけていたところだったからな」

「すみません……。その『継承記憶』というのも、まったく判りませんけれど……」

「……俺が、虫の研究のなかで偶然に観測した事象だ。行動検証として、エサの臭いの先に罠を仕掛けたが、その次の子ども世代……、特定の個体は、まるで罠があることを知っているかのごとく、釣られずにいた……。『学習したと思しき事柄が、次世代以降に継承される』。有意性があると見て仮説立てたものだ。だが、その事象の発生要因も、あまりに奇抜が過ぎる」

「奇抜って……どんなふうに?」


 アサカは、心底から馬鹿馬鹿しいといった様子で「共食いだ」と答えた。


「まだ検証の最中だが、体の一部を食べられた個体の子どもが、食べた側が学習していた記憶を受け継ぐ。共食いを要因として、そう考えられる事例が見られた」

「うげ……。気持ち悪いハナシかよ。やめろ、やめろ」

「ふん……。いずれにせよ、偶発性も否定できん与太よた話とも言える。さて……、夜更かしも大概だな」


 アサカは、首をぐるりと回し、立ち上がった。


「今頼んだことは、ひと晩考えてもらっていい。俺はもう寝るぞ」


 彼は、今晩も虫蔵むしぐらで寝るのだろう。

 三人のことなど気にも留めない様子で居室を出ていくと、まもなく、表戸が開き、閉じられた音がした。

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