らしくない言葉と研究意欲
夜も
美名と
「本当に、休んでいかれなくてよいのですか?」
名づけ師メルララが、対面する美名に向け、心配そうに問いかけた。
「おふたりとも、ずっと寝ていないのでしょう? もし、道すがらで倒れてしまったら……」
「大丈夫です。いよいよキツイってなったら、そのときに仮眠をとりますから。今は少しでも早く、グンカ様のところに戻れるようにしないと……」
「無理はなさらないでくださいね」
力強くうなずく美名と、うなずき返すメルララ。ふたりは、両手で
「次にお会いするときには
「……もう。美名様ってば……」
「ふふ」
クスクスと
「クメン師。
「お気になさらずに。
「いやいや、いやいや!」
ゲイルは、「ハン」と息を吹き、ふんぞり返った。
「お
「そうですか? 私には、御父上に叱られ、あれだけしょげかえっていた誰かさんが、ずいぶんと元気になったように見えたのですが……。特に、『よきヒトは大事にしろよ』とかなんとか、説法をくわえていたところで……」
「ちょ、クメン様?!」
誰かさんの慌てぶりに耐えきれず、クメンも明良も笑みを
「……ゲイル。助かった」
「おう」
「この村の……、俺の故郷の友人、ピロや
「俺は何も言わないぞ。落ち着いてからでいいからまた帰ってきて、自分で言え」
「む……」
「それと、アイツにはもう魔名がある。『ヒカリ』ってのが魔名だ」
「『ヒカリ』……? 『
「そうだ。メルララ……さんが授けたんだ」
「そうか。『光』……。アイツに似合う、いい魔名を授けてもらったんだな……」
その後、代わるようにして、美名はゲイルとクメン、明良はメルララにと、ひととおりの挨拶を交わすと、最後にふたりが並んだのは、これまでひと言も発さず、壁に
はじめは、
「アサカ様。大変お世話になりました」
言われた老人は、早寝の習慣で眠たいのだろうか、
「また、あらためてお伺いいたします」
「来るならば、常識のある時間にしろ。あとは、
「……ホント、話し方から何から、明良とそっくりですね」
アサカは、片眉を
美名の横で、少年もまた、同じ仕草をしていた。
「……頼んだぞ」
「頼む……? 何をですか? アサカ様」
「この未名は……、いや、今はアキラか……。融通が利かず、不出来な男だ。君のように柔軟で
「……」
「よろしく頼んだ」
言ったきり、アサカは居宅に入っていった。
それを見送ってから、美名の隣で少年が舌打ちを鳴らす。
「アイツめ。らしくないことを……。行くぞ、美名」
「え、あ……、うん。クメン様。メルララ様、ゲイルさん。魔名が響きますよう」
そうして別れを告げると、美名と明良は、晴れ間の見えてきた夜空に飛び上がっていくのだった。
*
クメンらが居宅に入ると、すでに寝入ったと思っていたのに反し、アサカが待ち構えていた。
「ゲイル。貴様、このヤマヒトに帰ってきたのか?」
「え……?」
「とりあえずの帰郷かどうか、それを訊いている」
「あ? 俺はまだ、名づけの旅に同行させてもらうつもりだけど」
「そうか。なら、貴様らまとめて、あと一、二週ほど、俺に時間をくれないか?」
「え?」
居室に場所を移してから、話が続けられた。
「蔵の改築をしたい。それと、必要になるかもしれんから、『
「俺は構わないけど……。クメン様たちは……?」
目顔で問われたクメンとメルララも、了承した様子でうなずいた。
「ですが、アサカさん。薬のほうはいいとして、改築というのは……?」
「あの
「『力量の』……『変換』?」
「神世では、個々人の魔名に
ひとり語りのようになったアサカは、少しして、聴講者たちがピンと来てない様子なのに気付いた。
「判らんか? 音だろうと、物だろうと、
「いや、アサカ
「……ふん。まぁいい。とにかく、その『変換』の研究のため、蔵を改築したいのだ。今、仕掛かっている『継承記憶』の研究は、解明できたとて使い
「すみません……。その『継承記憶』というのも、まったく判りませんけれど……」
「……俺が、虫の研究のなかで偶然に観測した事象だ。行動検証として、エサの臭いの先に罠を仕掛けたが、その次の子ども世代……、特定の個体は、まるで罠があることを知っているかのごとく、釣られずにいた……。『学習したと思しき事柄が、次世代以降に継承される』。有意性があると見て仮説立てたものだ。だが、その事象の発生要因も、あまりに奇抜が過ぎる」
「奇抜って……どんなふうに?」
アサカは、心底から馬鹿馬鹿しいといった様子で「共食いだ」と答えた。
「まだ検証の最中だが、体の一部を食べられた個体の子どもが、食べた側が学習していた記憶を受け継ぐ。共食いを要因として、そう考えられる事例が見られた」
「うげ……。気持ち悪いハナシかよ。やめろ、やめろ」
「ふん……。いずれにせよ、偶発性も否定できん
アサカは、首をぐるりと回し、立ち上がった。
「今頼んだことは、ひと晩考えてもらっていい。俺はもう寝るぞ」
彼は、今晩も
三人のことなど気にも留めない様子で居室を出ていくと、まもなく、表戸が開き、閉じられた音がした。
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