寒日の馬車と蟲 2
ヤヨイのほかに悪道の
魔名段を降ろしたことでヤヨイを解放することはできたが、もし、すでにこの場にいないほかの仲間に操りの罠にかけられていたとしたら。バリの魔名降ろしがそちらの解放にまで至っていなかったら。そうでなくとも、直後にはふたたび魔名段を昇らせ、
これらの事態を想定してしまうと、
目下のところの対抗手段、「魔名降ろし」を行使できるのはア行
ゆえに少女らは、向こうからの連絡を待った。
相手方からレイドログの使役術について言及があれば、おそらく、その相手の近辺では危惧するような事態になっている可能性は低い。仮に、レイドログが付近に潜んでいれば、正体を暴露されることを防ぐため、口外されるのを黙って見過すはずがないと考えられるからである。
だが、美名が読み進めていた「新しい連絡」は、待ち望んでいた内容ではなかったらしい――。
「……では、フクシロたちは、なにを伝えてきた?」
(せめて、直接筆をとっているはずのフクシロとクミ……。彼女らが操られていないと判れば、どうにか連絡のしようもあるが……)
少年の問いに「うん」と答えた美名は、右手の紙片に目を落とす。
「フクシロ様のほうの大きな内容は、
「美名は、その相手、フクシロ自身に間違いないと思うか? 使役されていると思うか?」
美名は、力無く首を振った。
「この手紙……、筆使いや言葉の選びがいつもと同じだし、間違いないとは思うけど、ヤヨイさんもずっと……、ついさっきまではいつもどおりだった。本当にいつものヤヨイさんで、何の疑いも持たなくて、私も、バリ様が見抜いた殺気のこと、気付きもしなかった。だから……、『間違いない』って断言できない……」
気落ちするように少し
「まだ様子を見よう。
彼女の左手の「相双紙」に目をやりながら、明良が「クミは?」と訊ねる。
「クミは……、
「……難航? 『
「なんだか、針が振れて頼りにできなくて、色味の変化だけで探してるみたいだよ」
「……クソ。シアラのせいか」
明良は、過去に「使役者と劫奪者」を追っていた際、「指針釦」の針がグルグルと回転するだけで使い物にならなかったことを思い出し、歯噛みした。
のちに、「発光色味は変化するが針が回転して定まらない」状態は、対象が「ハ行
シアラ当人か、あるいは別の者か。
いずれにせよ、賊徒は「何処か」にいると考えられた。
「それと……、『
「遡逆? シアラが探し求めているようだという、アレか?」
「うん。それをクミは、『過去をやり直せる術』なんじゃないかって予想してるみたい。あのヒトたちはどうにかしてその術を手に入れて、それで故郷の町……オンジで起きた大火事をやり直そうとしてるんじゃないか。この一連の騒動も、目的はそこにあるんじゃないかって」
「『過去をやり直す』……。うぅむ……、よく判らんな」
「私も。どういうコトなんだろ……」
揃って首を
「いつぞや、明良くんに言われた言葉じゃないが、シアラくんは、神になろうとでもしているのかもね」
「ヒトが、神様に……。それは、どういうことですか、バリ様?」
「『主神はヒトが住まう村里の度々の災難に憐れみ、その
「別の意味……?」
「主神ンは、いくつかの村で起きた災難を個々に救ったわけでなく、ひとつの村で起きた災難を、遡逆の術を使って何度もやり直し、試行錯誤のうえ救済した……。どの行にも属さない五十音の最後の音、『ン』は、実は、遡逆という独立した魔名行だった。そんなところかな」
「……いわば、『ン行遡逆』か……」
「それって……、たとえば、今度のグンカ様の『
問いかけるも、バリは答えない。
少女もそれ以上訊ねることはせず、荷馬車の一行には沈黙が落ちた。
「遡逆」による「やり直し」――。
少し考えただけでも不可解極まる法術であり、美名たちにとっては、全容を推し量ることさえ
だがひとつ、沈黙のなかでそれぞれがすぐに悟ったのは、遡逆術が
遡逆を手に入れた者は、神のごとき絶対性により、意のまま、思いのまま、
「……修得については?」
沈黙を破り、少年が声を絞り出す。
「クミは、遡逆の修得方法についても書いてはいないのか? それを阻止する手立てや、何か……」
美名は、首を振って答える。
「クミも判らないみたい。別に、居坂の伝承や伝説に詳しそうなヒトがタイバ様の知り合いにいて、アサカってヒトらしいんだけど、今はどこにいるか知れなくて、もしも私たちの誰かが居場所を知ってたら教えてほしいって……」
言っている最中、美名は、少年の目が宙を泳ぎだしたことに気が付いた。
呆然として、「アサカ」や「ムシ」などと、小さく、うわごとのように繰り返している。
「……どうしたの、明良?」
「ムシ……。虫……。そうか。ここは大都の大陸だった……。俺は、間抜けていたか?」
焦点を取り戻した
美名が少しばかり身を引いてしまうほど、真っ直ぐに――。
「遡逆やグンカ師のこと……、一挙に解決できるかもしれん!」
途端に勢いづき、詰め寄ってきた明良。
美名は呆気にとられ、パチクリと瞬きを繰り返すのだった。
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