寒日の馬車と蟲 3

「解決できる? それって……」

「アサカだ。ヤツならば『むしき』や、遡逆そぎゃくのこと、なにか知り得ていても……。いや、知識ちしき事物じぶつに対し、欲深なアイツのことだ。きっと知っているに違いない」


 勢いのまま立ち上がった明良あきらは、荷台のうえ、前方のバリに歩み寄っていく。


「バリ。ここから北中ほくちゅう街道に入れるか? ノタン古道こどうでもいい」

「……北東部に行く気かい? 大都だいとの勢力圏を出てからだと、少し行きづらいんじゃないかな」

「やはり、ほうがいいか……」


 「美名」と呼び掛けながら、明良は、少女へと振り返る。


「『ワ行・奪地だっち』をかけてくれないか。すぐに向かいたい」

「ちょ、ちょっと待って……。明良は、アサカってヒトのこと、知ってるの?」

「無論だ」

「居場所も知ってるの?」

「ああ。この一年半のあいだに住処すみかを変えていなければな」

「一年半……?」


 その言葉の意味するところ、ハッとした美名に、少年はうなずいて返す。


「アサカはヤマヒトにいる。シアラに記憶と魔名を奪われた俺が、長く身を置いた村だ。俺がしばらくのあいだ、共に暮らしていた相手がアサカだ。まさか、識者しきしゃ大師と旧知だったとは知らなかったがな」

「それだったら、クミたちにすぐ連絡しないと……」


 少女の顔がみるみる晴れやかになっていくが、その意見に対し、「いや」と首を振る明良。


「まだ、彼女らの周囲に使役しえきされた者がいないか、懸念が残る。万が一、アサカの居所を知られ、レイドログやシアラに狙われることになれば、アサカに戦闘の技能はない。ひとたまりもないだろう」

「なら、どこか人里に着いたら、ヤマヒト村に伝声でんせいで連絡する?」

「それもダメだ。声を拾われたら同じことになる。直接、俺が行く。加えるなら、ヤツは難物なんぶつだ。欲しい情報を得るにはコツが要る。俺が行くしかない」


 明良は、ふたたびバリに向き直ると、グンカの容体の見解を訊ねた。

 確証はないが、ヤ行他奮たふんの援けを借りることができれば、全快はせずとも、いくらか猶予ゆうよを得られるのではとの返事である。


「だけど、のんびりもしていられないよ。ヤマヒトがどれほど近くなのか知らないが、グンカくんも一日二日が限度になるはずだ」

「それゆえ、。一日二日もあれば、行って帰ってくることもできるはずだ。光明があるのだから、手を尽くす価値はある」


 バリは、右の眉をひそめたまま、何も言わない。少年の提案を了解したということなのだろう。

 それを受けた明良は、少女に向き直り、ふたたび奪地だっち術を催促する。

 だが、美名はすぐに平手を光らせることはせず、明良やグンカ、ヤヨイにバリ――なにか考えこむ様子でそれぞれを見渡すのだった。


「何をしている、美名。早く頼む」

「……私も行くわ」

「……なんだと?」

「私もヤマヒトに向かう。今まで『奪地』を長い移動に使ったことはないわ。あの魔名術は体調が悪くなるものだって、明良も知ってるでしょ? 途中で倒れたら、私以外、誰も術を解除することができない」

「だが……、グンカ師やヤヨイが動けない今、介抱の世話や、もしも、ふたたび襲撃があれば……」


 言っている途中で、明良は、少女の様子に気付き、言葉を止めた。

 凛然として見つめてくる紅い目。

 強く訴える眼差しは、少しも譲る気がないことを示していた。


(こうなったら、意地でもついてくるな……)


 何度となく体感してきた少女の頑固さ。

 厄介でもあり、好ましくもあり――そんな彼女へ掛ける言葉を探すうち、「行ってきなよ」と後押しをくれたのはバリであった。


「介抱やらなにやらは、誰か、ヒトの手を借りれば事足りる。散雪鳥さんせつちょうが二羽も三羽も出てきたとしたらお手上げだけどね、生半可な襲撃なら僕ひとりでどうにかできる。だけど、彼女が言うとおり、明良くんの供連れは、美名くんにしかできない。ふたりで行くべきだ」

「……」

「バリ様……」


 バリの後押しもあって、明良は、喉まで出かかっていた「判った」の言葉を、そのままするりと吐き出した。


「そうとなったらすぐに行くぞ、美名」

「うん。バリ様、これを預かっていただけますか」


 背負しょい袋を拾い上げつつ立ち上がった美名は、荷台の前のほう、バリへと寄っていくと、「相双紙そうぞうし」を二枚、手渡す。


「もし、クミたちから危急の連絡があったら、バリ様のご判断で対応をお願いします」

「うん、預かろう。何もなければ、僕たちは、この街道筋、ふたつかみっつ先の人里に逗留とうりゅうする。目印として、門柱に白旗を上げてもらうことにしよう。そこに戻ってきてくれ。もし、移動や緊急があれば、ヤマヒトに伝声を……、符丁ふちょうで飛ばす。いいね?」

「はい。判りました」


 荷物を背負い、刀鞘を腰に回した明良に、劫奪こうだつ黒光こっこうが浴びせられた。

 準備ができたという合図か、少年と少女は、お互いにうなずき合う。


「では、頼んだぞ。バリ」

「バリ様、お願いします!」


 附名ふめい大師に応じる間も与えず、ふたつの影は、夕暮れかけた空へ飛び上っていった。

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