附名の大師と魔名降ろし 4

「美名くん……。明良あきらくんも……。なにか、助力をくれたかい? よ」


 聴覚を奪われているため、自身の声さえ聴こえていないのだろう。調子が少し外れてはいたが、バリは、確然として言ってのけた。


使役しえき者のただれた魂だ」


 息をすぅと吸い込む音とともに、バリの背がひとまわり大きくなったよう、美名には感じられる。

 そうして、まばゆい光のなかで、バリは刮目かつもくした。

 見えていないはずではあるが、彼の右目は、しかと相手をとらえている。

 それまで余裕たっぷりの顔つきだったのが一転、慌てたようになった――。


「レイドログ……様……。いえ、レイドログ」


 思わず、少女は語りかけていた。


「もう私は、あなたに敬意を払うことはできません」


 少女の紅い瞳が、ヤヨイ少年の瞳の奥底、悪辣あくらつの魂がそこによどんでいるかのよう、見据える。


「グンカ様にヤヨイさん、プリム様、それに、いろんな町のたくさんのヒトたち……。あなたにもてあそばれ、命を落としたヒトたち。落とされかけたヒト……」

「――ッ」

「決して許されないコト、非道なコトが、あまりに多すぎる」


 さるぐつわのは、もごもごとうめき、美名へと目を向けてくる。

 潜伏した魂の居所いどころを見破られた当惑をすでに乗り越えたのか、元のとおり、野卑やひた目つきであった。


「私は、あなたを倒します。必ず」

「――ッ! ――ッ」

「見つけて、倒して……。いなくなった人々も、どこかに隠してるのでしょう? 返してもらいます。きっと」


 それが応えとでも言わんばかり、の目に嬉々とした色が浮かべられる。


「シアラにも伝えておけ」


 明良も、続けて宣告する。


「貴様らの悪行にどんな背景があろうと、譲歩する余地などありはしない。特に……、シアラ。貴様は……、貴様だけは今度こそ、俺のこの手で斬り伏せてみせる。覚悟しておけ、と」


 明瞭に示された殺意。

 気構えとしては美名も明良と同じではあるが、口に出された「斬る」という行為――少女の心には、ズキリと走る痛みがあった。


(先生……。私は、初めてヒトを斬るかもしれません)


 「ヒトの殺生に及ぶことのないよう」――。

 言葉を教え、生き方を教えてくれた「先生」。

 剣を教える際、彼が少女にきつく戒め続けてきたことである。


 セレノアスールの騒ぎのとき、「神衣かむい」で巨大となったプリムに刃を向けはしたが、あのときは、騒動が突如として起き、ハマダリンに指示された――いわば、なりゆき上のことであった。

 だが、今度のは意味合いが違う。

 美名は、美名自身の意志でもって、戒めを破る決意を固めた――。


「私も……、あなたを斬るわ。レイドログ」

「……美名」

「――ッ! ――ッ」


 少女が決意を示した直後、バリが放つ附名ふめいの光がもう一段強くなり、合わせて、術者に発気はっきの気配が起こった。

 対象の魂を捉えきった「魔名降ろし」の最終段――仕上げの到来である。


「ア行・降名こうめい


 詠唱がなされ、幾旅金いくたびのかねの刀身もひときわ強く光る。

 光を浴びたは、苦しげにうめきだす。


「――ッ!」


 もがくに、美名は、「覚悟していて」と言い放つ。

 直後、相手の目は焦点を失い、ガクンと頭が垂れた。

 「魔名降ろし」が完遂――ヤヨイが解放されたのである。


「今だ、美名!」

「判ってる! バリ様の五感を戻して、ワ行ッ!」


 バリの背中に纏っていた黒光こっこうが、少女の手に吸い込まれていく。 

 まもなく、附名ふめいの光も劫奪こうだつの光もすべて消えいった場は、もとのとおり、冬枯れの庭園景色に戻るのだった。

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