大師の昏倒と慮外の潜入 1

「クミたちに合流しよう」


 王宮本殿をあとにし、外郭がいかく部に向かうなか、明良あきらが提言する。


「クミが福城ふくしろで見つけたという血痕は、おそらく、シアラのものだろう」

「どうして判るの?」

「……シアラは、誰も頼りにしない性根だ。神代じんだい遺物いぶつのために天咲あまさき山に現れたという話からすれば、遺物保管庫を襲撃していったのは、ヤツ自身である可能性が高い……と思う」


 「何に使う気なのかは知れんがな」と、少年は苦みばしる。


指針釦ししんのこう識者しきしゃ大師の飛行術があれば、時間をかけずに探し出すことができるだろう。見つけたなら、即、討伐すべきだ。波導はどう大師が同行しているとはいえ、手勢が多いに越したことはない。クミたちに合流して、加勢しよう」

「明良、でも……」


 美名が言いかけるも、「ここで待っていてくれ」と振り返った明良の言葉のほうが大きく、かき消されてしまった。


「隊の後事こうじを話してくる。グンカ師、浮揚ふようで海を越えるのに、少しばかり荷物を増やしても問題ないだろうか?」

「……背負しょい袋程度であれば」

「判った。唐突に住処すみかを失くしてしまったからな。取り急ぎ、研ぎや狩猟の道具だけでも持ち出してくる」


 そこに間の抜けた声で「縄もね」と催促したのは、オ・バリだった。


「縄……?」

「『封魔ふうま』が施された緊縛用の縄だよ。あるとなにかと便利だ」

「あ、ああ……。あることにはあるが、私物ではない。警護隊の備品だ。持ち出すわけには……」

「固いコトをいうもんじゃないね。不当解任の詫び程度に思って、ひとつやふたつ、調達してきなよ。そのうち、使うことになるかもしれない」


 口調は緩やかだが、どこか強迫じみた物言いに、明良は黙ってうなずいた。


「明良、私も行こうか?」

「いや……、いい」


 美名の申し出を言葉少なで断ると、少年はひとり、駆け出していく。


「明良様は、気が急くばかりですね」


 少女の隣に立って、動力どうりきのグンカがつぶやく。


「ハ行去来きょらいの大逆者を仕損じていた自責。ゼダンの軍拡を止めねばと思い詰める義心。私の……、我が師の報仇ほうきゅうの悲願も背負いこむかのようです」

「……グンカ様は、明良を心配してくれてるんですね」


 総髪そうはつのグンカは、少女を見下ろす。


「美名お嬢様……。いえ、ワ行劫奪こうだつ大師。大師職としては後輩にあたる私が、小癪こしゃくにも訊いてしまいますが、十行じっぎょう大師たいしの務めの第一義とは何か、ご存知ですか?」

「大師の務め……。『ともがらを導く』ことでしょうか?」

 

 ふっと微笑んだグンカは、「いえ」と首を振る。


「我が師ギアガンより頻繁に聞き及んでいた大師の第一義とは、『自らの旅路を豊かにすること』です」

「大師自身の……、自らの旅路……?」

「はい。それぞれの魔名行の第一人者である大師が、不幸であってはならない。難しい顔をしていてはならない。大師自らが心豊かで余裕に構えていなければ、輩の指標になどなれず、誰をも導くことなどできやしない……」

「ギアガンさんが言いそうな見解だが、耳の痛い話だね」


 茶化すようにはさんでくるバリだったが、美名が見返した先の表情からすると、かの附名ふめい大師もその見解にはうなずくところがあるらしい。

 「美名大師」と呼ばれた少女は、グンカへと目を戻す。


「明良様の焦りを解いて差し上げてください。余裕をお与えになってください。それは、貴女あなたにしかできないことでしょう」

「グンカ様……」

「我々は、ここに居ります。さあ、時を置かずに」

「……はい」


 美名は、力強く頷くと、少年が消えていった方へと駆けていった。

 見送る形となったなか、バリが、「『あいあいせ、ヒトの子らよ』」と、魔名教典のうちの一節を引いてくる。


「あのふたりを見ていると、やきもきするというか、なんだか古傷をえぐられる心地になったりはしないかい? グンカくん」

「……そうでしょうか」

「あれ、ならないかな? 自分の過去がいろいろ思い出されて、赤面したくなったり……」

「私は、年少の頃より師のもとで学ばせてもらっていましたから、で思い出すようなことなど、持ち合わせてはおりません」


 もとより表情の薄いグンカの顔色では言葉どおりに聞こえはするが、抜け目のないバリは、何かに想い巡らすかのよう、彼が胸元に手を添えるのを見逃していない。「ふぅん」と眼帯の位置を正しながら、バリは、顔をほころばせるのだった。

 そこに背後から、「あの」と声が掛けられる。

 恐縮した様子のユ・ヤヨイである。


「こんなときにしょうもないことですけど、手洗てあらいに行ってもいいでしょうか?」


 あまりに「しょうもないこと」を訊く優男やさおとこに、細目の大師ふたりは思わず顔を見合わせてしまった。


「そこらの草やぶでしたらどうだい? 季節でもないから、虫に刺される心配もない」

「え、いや……。できれば、ちゃんとしたところで……」

「ですが、私たちはこの城には不案内で、明良様でなければ、手洗場を見つけるのにも苦労すると思われますが」

「でしたら、僕もあとを追って行ってきます」


 大師らが「さすがにそれは」と制止をかけようとするより早く、すでにヤヨイは、美名たちの後を追って駆けていってしまう。


「僕が言えたものじゃないけど、どうにも間の抜けた子だね」


 さしものバリも、肩をすくめ、呆れたようだった。


「ハマダリンさんのじき弟子で、美名くんも是非にというから、どれほどの人材かと見定めにかかってはいたが、ほとんど口も利かず、たいした人物には見えない。初めは、あのふたりに割って入ることが目あてなのかと邪推もしたが……。グンカくんは、あの子がどんな子か、知ってるのかい?」


 三人が走っていった方角を見遣りながら、グンカは「いえ」と首を振る。

 その顔にはどこか陰鬱いんうつな気配があった。


「そうか……。じゃあ、僕も相伴しょうばんすることにしよう」


 そう言って、バリも、三人が消えていった方向へ歩み出す。

 

「なんだかんだ言って、僕もそろそろ催しててね……」


 弁解のようなことを言っていたバリは、背後でなにやら物音がしたことに気付く。

 振り返った先にあったのは、グンカが総髪を振り乱し、地べたに倒れ込んでいる光景だった。

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