悪道の同輩と思わぬ誘い

「私が何か喋ると思うのか? クソ餓鬼がきどもが、雁首がんくび並べたところで」


 執務室の奥、透け窓から見下ろす後ろ姿のまま、ゼダンは言い放った。


 全周囲が透け硝子がらすで出来た特異な執務室。

 彼が言うところの雁首を並べた一団が入室してからこちら、代表として、明良あきらがひとり、なりゆきを話すだけに終始してきた。

 レイドログとシアラ、両名によって引き起こされた各地での破壊活動。これ以上の被害を防ぐため、彼らの情報が欲しい旨――。

 だが、そこまで話し終わったところで相手がようやく口に出したのは、先のとおり、にべもない返答である。


「……どういうわけだ? 悪道の同輩として、ヤツらをかばい立てするのか?」

「的外れの勘繰りも大概にしろ。彼奴きゃつらと私とは、もう何の結託もない。単に、私が何をか知っているとして、貴様ら魔名教会に話してやる義理などひとつもないというだけの話だ。本総の町が破壊されようと、教会本部に侵入されようと、我が大都だいとには何の関係もないのだからな」

 

 融通の利かない相手に、明良は、「言っただろう?」と苛立ちを露わにする。


「今回の件は、イリサワにも及んでいる。現状はもはや、大都だなんだと言っている場合ではない。居坂いさか全土の問題だ。いい加減にしろ!」


 少年の怒声になんらひるむ様子もなく、ゼダンはおもむろに振り返ると――平手を向けてきた。

 室内にぴしりと緊張の音が走ったようだった。


「何のつもりだ、ゼダン……」

「明良、確かに忠告したはずだな? 与えた任もまっとうせずに戻れば、どう処断されようと文句は言えん、と」

「だから、俺は今、そのためにこうやって……」

「貴様が勝手に提示した、みっつめ、イリサワ壊滅の首謀を捕らえる件のことではない。そこの浮浪人のことだ」


 美名は、すぐそばにいたバリの佇まいのなか、殺気の気配が漂うことに気付いた。


「私が言い渡したのは、その復讐者を消せ、だ。生きてここに連れてこいなどと命じた覚えはない」

「バリは、貴様への復讐は諦めている。言質げんちはとってある」

「……そうなのか? 片目のオ・バリ」


 あざけるように訊かれたバリは、静かなまま、いよいよ戦意を猛らせたようで、それがまるで目に見えるかのよう、美名には感じられる。


「言質でなく、命をとるべきだったな」


 ゼダンの平手が光りかけたそのとき、誰よりも先んじて動いたのは、美名だった。

 彼女は、一歩前に出ると、仲間たちを守るかのよう、あるいは阻むかのよう――かさがたなを真一文字に伸ばす。


「やめて。ゼダンもバリ様も、明良も……」

「美名……」

「……久方ぶりだな、ワ行劫奪こうだつの餓鬼大師。それは何の真似だ? つがいの死に様を見たくないがため、自分が先に死ぬつもりか?」

「誰も、アンタなんかに殺されたりしないわ」


 ゼダン王は、見下すような目をしてほくそ笑む。


かんに障る物言いも、相変わらずだな」

「……私たちは話しに来た。できるかぎりの誠意を心がけて、この部屋に入ってきた。それでも、アンタが魔名術を使うと言うなら、私も


 その言葉に呼応するかのよう、美名の右の手のひらにワ行の黒光こくこうがまといだす。


 これは、ある種のを含んでいる。

 ヨツホでの会議でゼダンのもとに赴くと決まった際、このような事態は想定されていた。いまだ友好とはいえないゼダンと対峙するとなれば、一歩間違えば平手を向けられる危険があること――その可能性も、充分に予見された。

 そこで、ニクラが話したのが「ゼダンの弱点」――天咲塔におけるキョライとゼダンの密談を聞き及び、知り得たことである。美名が大都に同行してきた大きな理由は、これに依るところが大きい。

 その弱点とは――。


「魔名奪いの劫奪術を身に着けたとでもいうのか? 混沌めが」


 ゼダンの推測に、少女はただ黙ってにらみを返す。


 ゼダンが恐れる事態。彼の弱み。

 それは、千年の研鑽を無為にされること。自身の魔名を奪われることである。

 天咲塔でキョライがゼダンを封じ込めた切り札であり、美名もこれをのだった。

 だが――。


かたる相手を間違うなよ」


 ゼダンは、一笑に付した。


「魔名術には向き不向きがある。いかにワ行劫奪の魔名とはいえ、貴様自身の性質は、『魔名を奪う』非情さとは程遠いものだ。貴様の魔名がその秘術を得ることは、あり得ん」

「それは……、私が非情じゃないって、褒めてるつもりなの?」


 「ふん」と小馬鹿にするようなゼダンだったが、この一連のやりとりのどこに効果があったものか、彼は、おもむろに構えていた手を下ろし、執務机に腰を落とした。殺気だった気配もすっかり消えている。


「さっさと出ていけ」


 まるで、室内でたったひとりであるかのよう、机上の書類に目を通し始めたゼダンは、冷たく言い放った。


「気勢が削がれた。もう何も、話す余地などない。早く出ていけ。今、この場の話を聞いていた者すべて、今後、大都の領内を侵すことがあれば、魔名返上に至ると思え。これは警告だ」


 嵩ね刀越しに、明良が「バカな」と声を荒げる。


「イリサワのことは貴様も憤慨していたのだろう? あれほどの供養をしてやるほどに。シアラたちのことを話してくれさえすれば、きっと俺たちが……」

浅薄せんぱくな考えで騒ぐな!」


 見向きもしないで放たれたゼダンの一喝に、少年の口もつぐまされてしまった。


「イリサワを破滅させたのは、彼奴きゃつらではない」

「なんだと……?」

「私に刃向かえば無事で済まないことを、彼奴らは承知している。それに、散雪鳥さんせつちょうはともかくとして、矢を用いるなどといったこと……」


 そこで言葉を止めたゼダンは、ハッとするように顔を上げると、なぜだか美名へと視線を注ぐのだった。


「何……?」

「混沌……」

「……混沌?」


 ゼダンは、まるで呆然自失のていで、美名を見続ける。


「そういえば、アンタは私のこと、前から『混沌』って呼ぶけど、それって……」


 少女の問いに、ゼダンは我を取り戻したようになると、「いや」と首を振り、ふたたび机上へと目を落とす。


「何なの、一体……?」

「何か、気付いたことでもあるのか?」


 美名と明良に問われても、ゼダンは書類から目を離さず、「出ていけ」と告げるのみ。


「今日中に領内から退去しろ。明良、貴様もだ」

「何?」

「そこの浮浪人の件が片付いたと主張するのであれば、貴様がこの地に居残る理由はない」

「な、なんだと……? それはいったい、どういう意味で……」

「言ったとおりの意味だ。貴様の居場所は、もはや、この大都には存在しない」

「警護隊は……」

「無論、解任だ」


 「帰化するなら別だがな」と、ゼダンは、冗談めかして笑う。


「教会との縁を切り、貴様らが揃って夫婦となり、この大都を安住の地と定めるというのなら、家と職を用意するくらいのことはしてやろう」

「な、なにを……」

「夫婦って……」


 あまりに突拍子もない誘いに、少女少年は呆気にとられ、顔を見合わせる。そんなふたりに、ゼダンは、探るような上目を遣ってきた。

 

「割と本意気で言ってもいるぞ。これでも、貴様らふたりを買っている面もあるのだ。我が身、我が大都に尽くし、貴様らの子々孫々が大都を支えていく。その心積もりがあるのなら、歓待の用意をすると言っているのだ」

「ふざけたことを……」

「……行こう、明良」


 美名は、うち震える明良の手を取り、きびすを返す。


「バリ様もグンカ様もヤヨイさんも、行きましょう。やっぱりコイツは、頼る相手じゃなかったわ」

「……そうか。好きにしろ。代わりはどうとでもなる」


 美名に引っぱられる明良だったが、「待て」と踏みとどまると、ゼダンに険しい顔つきを向ける。


「『神学館建設担い手の公募』……。貴様、市中で目につくこの貼り紙に、裏がありはしないか?」

「……」

「働き手と称して人手を集め、兵力に転用する……。そんな目論見じゃないだろうな?!」


 詰問されても、ゼダンは眉ひとつ動かさず、机上に筆を走らせるばかり。


「シアラどもは、近いうち、必ず引き連れて来る。俺自身、こんな中途半端な形で警護の任を放り出すのも御免だ。ゼダン、それまでおかしな真似をするなよ!」

「明良……。行こう」


 何も得られないばかりか、明良にとってはこの半年のすべてが水の泡に帰すこととなった会見。

 せめてもとばかり、少年と少女のふたりは、揃えたように鋭い一瞥いちべつをくれると、奇怪な執務室を辞していくのだった。

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