少女と少年 大都編

少女とささいな悪戯心

 大都だいとの町のなか、ひとところを目指して歩く、明良あきら、美名、コ・グンカ、オ・バリ、ユ・ヤヨイの一団の姿が在る。

 彼らが向かうは、大都の王宮殿。

 本総ほんそう大陸のヨツホでフクシロらと別れた美名たちは、レイドログとシアラに関する情報を得るため、グンカの浮揚ふよう術で海を渡ってきたのだ。

 昨晩には、クミから『指針釦ししんのこうに使える手がかりを見つけた』との連絡がありはしたが、さらなる手がかりを得られればと、当初の目的どおり、ゼダンのもとを目指しているのだった。


「大都って不思議な町ね。なんだか入り組んでて」


 美名は、前を行く明良へ、探るような声をかける。


「……ああ。そうだな」

「明良は、どのあたりに住んでるの?」

「宮殿内だ」


 糸口になればと語り掛けた他愛のない話題にも、そっけない返事が返ってくるばかりでとりつく島がない。美名は、閉口するよりほかになかった。


 明良の様子がおかしい。

 もとより、一連の事態は深刻で、不可解も極まるなか、暢気のんきにしていられないのは確かだが、つい先ほどまで、明良の態度にここまでの剣呑さはなかった。

 様子が一変したのは、大都の町に入り、そこかしこで目につくようになった張り紙の中身を見てからである。

 美名は、通りすがらの民家の壁、またひとつ見つけた掲示紙にちらと目を流す。


(『公募』……。『神学館建立担い手』……)


 公務作業に就く者を募集する掲示らしい。大都王ゼダンの署名もある。

 「神学館」のことは美名も承知している。ゼダンが、「主神一尊」――独自の魔名教信仰を醸成するべく、大都に造ろうとしていたもののはずだった。明良からの手紙で知り得ており、また、この度のイリサワ壊滅で放棄されたことも聞き及んでいる。

 ゼダンは、「神学館」を仕切り直そうというのだろう。美名も一見したこの掲示では、あらたに働き手を求め、再建を目指す旨が書かれていた。

 だが、のはずである。

 この公募になぜ、明良が顔色を変える必要があるのか――。

 それが判らず、相手の思い詰めるような顔つきも相まって、美名は、不用意なことを言えずにいた。


(それじゃいけない)


 目を戻した美名は、「よきヒト」の横顔を見つめる。


(また、ひとりで抱え込んでる……。それじゃいけない。私たちは……、私は、明良の仲間で、「よきヒト」なんだから……)


 意を決した美名が問い質そうとしたところ、一行は開けた場所に出てきていた。

 目の前に広がるのは、地上五階はあろうほどの高さの絶壁。そのたもとには、草葉を落とした冬木ふゆきが整然と並んでいる。

 一行は、王宮殿の外郭がいかく部に到着したのだった。


桜桃おうとうの木だ」


 背を向けたまま、明良がぽつりと言った。


「桜桃……?」

「春になれば、桃色の花が綺麗に咲くらしい。本当なら、その時季に見せたかった」


 花開く景色を思い浮かべているかのよう、枯れ木を眺め渡す美名。

 そんな彼女を横目に見てから、「こっちだ」と無愛想に言うと、明良は足早に歩を進めていった。


 まもなく、一行は、宮殿の入り口――入城門にたどり着く。

 武装した門衛が三人、構えてはいたが、明良は躊躇いもせずに向かっていった。


「明良隊長! 戻られましたか!」


 気付いたひとりが声を上げ、残りの門衛も少年へと駆け寄って来る。

 ここになって美名は、明良が大都の警護隊――王宮警備の長であったことを思い出した。


「あまりに遅いんで心配してましたよ、明良隊長」

「すまない、アナガ。イリサワの生存者たちの取り計らいは、うまくやってくれたか?」

「ええ、それはもう……」


 やりとりからすれば明良の部下なのであろう、アナガと呼ばれた門衛は、少年が連れ立っている面々に目を配せ――特に、美名とバリとの相貌そうぼうを長く確認しているようだった。


「ちょ、ちょっと、隊長……。あのヒトって、例の品評会の乱入者ですよね? 隊長にやられたところに眼帯してるし……」


 アナガは、明良だけを引っ張っていき、声を潜める――のだが、四、五歩ほど離れた程度であれば、美名にははっきりと聴こえていた。


「捕まえたんですか?」

「説得した」

「まさか、宮殿内に入れるつもりで?」

「そうだ。ゼダンと引き合わせる」

「……大丈夫なんですか?」

「心配いらん。ヤツが中でなにかしでかせば、俺が全力で食い止める。責任は持つ。他の者の素性も保証しよう。通してほしい」

「えぇ~……?」


 アナガはふたたび、一同を盗み見るようにすると、少年隊長へ顔を戻す。


「隊長がそう言うのでしたら……、それにしても、あの女の子。あんなに肌が白くなってしまって……、何かあったんですか?」


 訊かれた明良は、ほんの少しのあいだ、言葉に詰まったようだった。


「彼女は別人だ。美名……、『なごやか』の『』に『美しい名』と書いて、『和・美名』という魔名。俺の、その……、『よきヒト』だ」

「へえぇぇ……ぇぇええ?」

「ローファとは違う。通るぞ、いいな?」

「え、あ、えぇ~……、あ、はい……」


 残りの門衛ふたりにも目を配せた明良は、アナガがしげしげと眺めはじめるのから遠ざけるよう、美名の手を取ると、「行くぞ」と歩き出す。

 ほかの仲間も、それに従っていった。


「ローファって、誰?」


 通用門を通って外郭内部に入ってすぐ、美名は少年の隣に並んだ。そうしてから、小声で問い質す。

 明良は、露骨な「しまった」というような顔つきを見せる。少女の耳の良さを失念していたのだろう。


「……すまん。聴かなかったことには……」

「なりません」

「……その、だな。隠し立てするつもりはなく、あまりに立て込んでいて、話す機会がなくて……だな……」

「私と似てるの? そのローファってヒト」

「……ああ」


 やりとりを続けていく度、明良の顔はどんどん赤くなり、流す脂汗が増えていく。

 並んで歩く美名は、そんな少年の様子に思わず笑みが零れてしまう。


「そのヒトと、仲良くなったんだ?」

「……何を疑っている?」

「ふぅん……。私と似てる子とねぇ。そうかぁ」

「……参ったな」


 いまにも頭を抱えてしまいそうな明良に、美名はまた、「ふふ」と笑ってしまう。

 先ほどまでの剣呑さをどこかに置き忘れ、狼狽えを深める少年の姿がなぜだか嬉しくて、美名のイタズラ心は少しばかり行き過ぎているのだった。


「クミのがうつっちゃったかな」

「クミが、どうかしたか?」

「ふふ、なんでもない。ローファちゃんのことも、ちゃんと、あとで聞かせてね」

「……判った」


 そんなふたりの背中に、「むつまじいねぇ」と声が掛けられた。

 オ・バリのからかうような調子である。


「場にそぐわないようだから、僕は、帰ってもいいかな?」

「また貴様は、この期に及んでそのようなことを……」

「だってほら、今にも殺されそうだからさ」

 

 バリのその言葉に、明良もふと押し黙ってしまう。

 外郭部を抜け、ふたたび外に出ると、王宮本殿――大都王ゼダンの居城までの視線が通るようになっていた。それ以降、一同は、刺すような気配をそれぞれに感じている。――ヤヨイを除いた全員が、身に覚えのあるものである。


「見てはいるが、何もしてこない。ということは、は『昇ってこい』と言っているんだ」

「……なるほどね」

「行くぞ」


 それからの一行は、交わす会話もなく、視線の主――ゼダンの本殿へと急いだ。

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